◆その908 王の道
夜も深くなる頃合い、ノック音が響く。
「失礼致します」
足早に部屋へ入って来る男――
ここはリーガル国王ブライアン・フォン・リーガルの私室。
「ドマークおじさん……」
最初にドマークを出迎えたのは――、
「おぉ、これは
「うん、ミケラルド商店から転移させてもらって……聖騎士学校も休校してるから……」
歯切れの悪いルナの前に、ドマークは平静を装っていた。
しかし、そんなドマークにも焦燥の色は隠せなかった。
「左様でございますか。陛下は?」
「奥でお待ちです」
本来であれば、ほんの少しの歓談があるというもの。
しかし、ドマークはすぐに
それだけに、事の重大さがルナに伝わる。
ドマークの背中を追うようにルナはその後に続く。
「陛下」
「よい」
膝を折ろうとしたドマークを止めるブライアン。
ドマークはそれに従うように小さく目を伏せた。
「報告しろ」
「はっ。戦騎団長の【ネルソン】殿にドマーク商会の在庫の九割を届け、【魔導艇】へと積み込みを開始しました。各部署へと通達し、ポーションの増産体制にも着手しました。魔導艇内外での職人割り当ても完了し、冒険者ギルドとの連携の後、国民のミナジリ共和国への避難を開始――ディック殿、ゲミッド殿の助力もあり、明日中には完了する見込みです」
「うむ。城下の様子はどうだ?」
「やはり慣れ親しんだ母国を離れ難い者もおり、避難を渋る者が少なくない状況です。国と共に心中を覚悟する者、ミナジリとは別の地に避難する者、既に命を絶った者も……」
「混乱、ここに極まれりといったところか。愛しき国民が魔に振り回されるのは心が痛むものだな、ドマーク」
「は……」
「国は人、人は国……亡ぶ以外の選択肢があるのか……。あの【魔導艇】を前にしても、世界の生き残る未来が想像出来ぬ我が身がある……」
「陛下……」
「父上……」
ドマークとルナの表情が曇る。
それを見たブライアンは
「ふっ、いかんな。先頭を歩かねばならぬこの身が未来無き背を見せてはならんだろう。許せ」
「そんな……
「……ルナ」
ブライアンがルナを見ぬまま言う。
「はい」
「……これより私は【魔導艇】へ搭乗する」
「はい」
「お主はお主の役目を果たせ」
「私の……役目……」
「ミナジリへの避難民――国民を導き、安心させてやるのだ」
「父上! それでは私に『安全な場所に身を置き、隠れていろ』と仰るのですかっ!?」
ルナの明確な怒気。
しかし、ブライアンはすっと目を閉じルナに言い聞かせるように言った。
「そうは言っていない」
「では何故!」
「お前は先頭で戦うのが王の仕事だと思っているのか?」
「でも、父上はそのつもりなのでしょうっ!?」
「そうだ」
「な、何を――!」
「民を導くは王の道。民を守るのも王の道。……しかし、魔王復活のこの事態。その二つを一人でこなすのは
そう聞くも、ドマークとルナは、返す言葉を持ち合わせていなかった。
「私は【魔導艇】へ乗り込む、ルナ……お主は民を導くのだ」
「そ、それでは父上は……」
「皆まで言うな。何、いつものようにミックが簡単に片付けてくれるはずだ」
そう小さく笑うブライアンに、ドマークを口を真っ直ぐ結んだ。ブライアンの言葉が、本心でないと理解しているからだ。
魔族との死線を覚悟し、その身の終焉を悟るような物言いに、ルナはただ俯くばかり。
「ルナ、お主の命が潰えればリーガルの血は途絶える。だが、私が気にしているのはそんな事ではない。わかるな?」
「……っ!」
ブライアンが振り向き、目に涙を湛えたルナの前に立つ。
「この道をお主に……お前に歩かせる訳にはいかんのだ」
王の道を語る、父の言葉。
それは、
「父上……」
零れ出る涙。
嗚咽を漏らす訳でもなく、震える訳でもなく、ただただ零れ、流れ、落ちる涙に、ブライアンは小さく笑う。
「強くなったな」
そんな父の言葉で、ルナは俯き、肩を震わせた。
嗚咽の響く部屋で、ブライアンは娘の肩をそっと抱きよせる。
しかし、ルナが求めた時間は長く、ブライアンが許した時間は短い。
「お前が導くリーガル国を見たかった」
目を伏せ、頭を下げるドマークに、ルナから離れたブライアンが部屋の扉に手を掛ける。
「ドマーク、後の事は任せた」
「……はっ!」
そう言って、ブライアンは自室を後にした。
後に残ったのは、悲しみの嗚咽と、小さな水音。
非情なれど、進むべきは王の道。
決意をの背にしたブライアン王を止める術は
有限の
――魔王復活まで、残り四十五時間。
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