その905 魔界にて

 ◇◆◇ ジェイルの場合 ◆◇◆


 ……いよいよ魔王陛下が復活される。

 かつて命を賭して仕えた方だが、今の私は違う。

 ミナジリ共和国を担ぎ、ミックを支える我が立場を、魔王陛下はどう思われるだろう。

 ……いや、あの御方の事だ。

 ――何の興味も示さないのかもしれない。


「おい、ジェイル」


 隣に立ち、魔界の果てを眺めながらドゥムガが言った。


「あのガキの言ってる事は確かなんだろうな?」

「……不安か?」

「べ、別にそんな事ぁ言ってねぇだろうがっ!」

「ならば何故そんなにも確認する? 今ので五回目だぞ」

「そ、そうだったかぁ? 記憶にねぇな。は、ははははっ!」


 魔族四天王の下部組織、十魔士じゅうましに名を連ねる種――ダイルレックスのドゥムガ。元五席の序列ながらその潜在能力は古くから注目されていた。

 そのドゥムガもミックと出会い、私と共に地道な訓練を積み、今ではSSSトリプルの最高峰――ミナジリが誇る暗部の連中と比べても遜色のないレベルにまで成長した。

 ドゥムガ一人でも魔族四天王と戦い、逃げきれる実力はあるだろう。

 が、魔王陛下をあるじとした魔族四天王の実力は未知数。

 先の四天王討伐で牙王レオ、吸血公爵スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエル、魔女ラティーファを倒した。

 残る四天王は不死王リッチのみ。

 だが、この胸騒ぎは何だ?

 私も鍛錬を続け成長した。今の私であれば、たとえ相手が【魔人】であろうと負ける事はない。

 そう断言出来る。

 がしかし、そう思いたいと思ってしまう私もいる。

 ドゥムガが同じように、私も不安なのだろう。


「不安か?」


 先程の私のように、私にそう言ってきたのは、ミナジリ共和国が誇る龍族が一人――雷龍シュガリオン、雷龍シュリだった。

 なるほど、対魔王パーティの中では雷龍シュリが一番乗りという事か。

 突然の雷龍シュリの登場に、ドゥムガは顔を強張らせた。無論、他の竜騎士団員も同じ様子。

 当然だ。これまでは見張りとして機能していた竜騎士団の前に、先発隊の一人が現れた。

 それはつまり、戦いの準備が始まったという事。


「不安だな」


 竜騎士団の団長として、おそらく言ってはいけない言葉なのだろう。

 ドゥムガも目を丸くしている。

 だが、この心は誤魔化せない。

 魔王という存在は、それ程までに畏怖の対象だという事だ。


木龍クリュー地龍テルースがこちらに付いた」

「「おぉ!」」


 雷龍シュリの報告に、竜騎士団に笑みが灯る。

 だが、それはあくまで魔王陛下を知らない団員ばかりだ。

 古参の魔族連中は魔王陛下の恐ろしさを知っている。

 それに……私とドゥムガは、これまでのミックを知っている。

 あのミックが名を連ねて、木龍クリュー地龍テルースが参加しないという事は考えつかないのだ。

 つまり、これは予定調和。

 最初から決まっていた事。


「エメリーとリィたんは最終調整、シギュンとフェンリルワンリルは特殊哨戒任務に就いた」


 どんな雷龍シュリからの報告も――何だ?

 珍しく雷龍シュリが内緒話か?


「それと、ナタリーが聖女になったらしい」


 ………………ん?


「……ふっ、いい顔になったじゃないか」

「待て、今一体何と?」

「言葉通りだ。この事は他の者には内密にな。いざという時のための布石となる」

「いや、待て。意味がわからないのだが?」

「我も詳しい事は知らん。だが、事実だ。ではちょっと行ってくる」

「待て、どこに行くつもりだ?」

「ナタリーからの指示でな、魔王城を更地にして来る」

「今しがた聖女と断定された者の指示とは思えないのだが?」

「ナタリーはナタリーだ。それはお前がよく知っている事だろう」

「まぁ……な」

「ではな」


 そう言って、雷龍シュリは風と共に消えて行った。

 ……ふむ、ナタリーが聖女……か。

 後程確認は必要だろうが、雷龍シュリが言うのだ。間違いはないのだろう。


「おい、雷龍シュリと何の話してたんだよ?」


 ドゥムガが気になるのも無理はない。

 私の反応を見られてしまったのだから。


「気にするな。そのうち下知がある……かもしれない」

「あぁ? 何だそりゃっ?」

「緊急事態だ、そんな事もあるだろう」

「ふん、そんで? 雷龍シュリの野郎はどこに行ったんだよ」

「魔王城を更地にするそうだ」

「はぁ!? そんな事したら魔王陛下が復活した瞬間にブチ切れるだろっ!? そんな悪魔みたいな指示誰が出したんだよっ!?」


 正直、ドゥムガに共感出来る事もある。


「いや待て。何となくわかっちまった」


 まぁそうだろうな。ある意味では、ドゥムガ程ナタリーに近しい存在も珍しいと言えるだろうしな。

 だが、ナタリーも何の策もなしにこれを行動に移さないだろう。城とはすなわち要塞だ。これがあるとないでは大きな差がある。

 当然、ミックたちが魔王城に踏み込めば、それはすぐに崩壊するだろう。

 しかし、ナタリーはこの有から無への変化を恐れたのだ。

 城が姿を変え、瓦礫の山という地形を生み出す。

 この変化は、戦闘において大きな影響を及ぼす。

 ならば、最初から無の舞台を用意しておく。

 なるほど、ミックたちの動きを事前にサポートしておくというのは、実にナタリーらしい。


「しっかし、あのガキも本気を出しゃ、ナタリーを自在に操れるってのに、好きで尻に敷かれてるように見えるのは気のせいか?」

「あれがあの二人の自然体だ。今更言うのは野暮というものだろう」

「【血の連鎖ブラッドコントロール】ねぇ……血さえ吸えば意のまま自由自在ってか? 流石は魔王陛下の能力だぜ。ん? どうしたんだよ、ジェイル?」


 ……待て?

 待て、待て、待て?

 それはつまり…………ミックは【聖女ナタリー】の血を……最初から吸っていた、、、、、、、、、という事になるのではないか……?


「お、おい、気味悪ぃな……そのニヤケづら

「…………ふっ、ふふふ……ドゥムガ」

「な……何だよ?」

「このいくさ……どう転ぶかわからないぞ……!」


 そう、ミックなら……!

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