◆その854 覚悟の準備2
盛大な
準備を終えたオリハルコンズはガンドフまで歩み出した。
法王クルスが言ったように、前方にはライゼン率いる聖騎士団第一部隊。後方には第二部隊。正に勇者の盾という状況に、エメリーは困惑しながらも誇らしげな表情をしていた。
道中、メアリィはナタリーに先日の事を話していた。
「【魔導艇】の打診、おじい様も前向きに検討しているという事でした。輸送用途ながらも大きな需要が期待出来るのはバルト殿も認めるところでした。ですが、その分、国境線の明確化が重要だという事もわかりました」
「確かにそうですよね。あやふやな国境線を明確にする事によって、他国の領土侵犯を防ぐのは私も考えるところではあります。地図と現場の照合、両国の監督の下に合意……簡単な柵を設けるのはどうかというのが元首の考えです。柵の材料費、設置に伴う人件費は両国で折半というのはいかがでしょう」
「かしこまりました。その点につきましては族長と相談の上、ご返答させて頂きます」
「どうぞよろしくお願い致します」
そんな二人のやり取りを隣で聞いていたクレアは、歪んだ表情を表に出さない事で精一杯だった。
(元学友、現パーティ行動中、友人同士だというのに、何故こうも国交として割り切れるのかがわからない。公私混同はよくないものの、時と場合を考え、即座に実行できる能力は流石だ……)
クレアの考えを一瞬で吹き飛ばす出来事が起こった。
ほんの少し先行していたキッカが二人に絡んできたのだ。
「ねぇねぇ、さっきマインさんに聞いたんだけど、ガンドフにめっちゃ美味しいスイーツのお店があるんだって! 自由時間がとれたら行ってみないっ?」
弾むキッカの声。
パーティメンバーの同性に話す内容としては何ら問題のない世間話の延長。
しかし、二人が今まで話していた内容とは明らかに違う内容。クレアは二人の邪魔にならないようキッカを抑えるか悩んでいた。
――だが、
「えー! うっそー! それじゃ着いたら下見に行こうよっ!」
ナタリーの年相応の少女のように跳ねあがり、
「エメリーさんとアリスさんのお仕事が終わったら皆で行っちゃいましょうっ!」
メアリィもまた輝かんばかりの笑みを綻ばせる。
結果、クレアの疑問も悩みも全て吹き飛んだのだった。
(考えた私が馬鹿でした。護衛に徹しましょう……)
カクンと肩を落としたクレア。
そんな彼女を後ろから眺めていたデュークがくすりと笑う。
「どうした、デューク?」
話しかけてきたのは、隣を歩くリィたんだった。
「いや、久しくこういうパーティ行動ってしてなかったからちょっと新鮮……というか懐かしいって感じかな」
「ふっ、そうだな」
言いながらリィたんが音声遮断の風の膜を張る。
「思えば、ラッツたちとは不思議な縁もあったものだな。我々が魔界からリーガルに向かう道中現れた最初の敵……だったか?」
皮肉をまぶすようにリィたんが言うと、デュークは苦笑して応えた。
「いやいや、俺たちも若かったねぇ……でも、まさか緋焔がここまで成長するとは思わなかったよ」
「武闘大会で私と戦ったのが大きかったかもな」
「あ、それあるかもね」
「無論、エメリーもな」
「え、私ですかっ?」
二人の背後を歩いていたエメリーが自身を指差す。
「ミックとの出会いがエメリーの成長を早めたと言える。そもそも出会わなければ勇者の力は闇ギルドの影響もあり【停滞】せざるを得なかっただろう。武闘大会から一年経ち、再度ミックと戦った時、何を思った?」
「えっと……差が開いちゃったな、と」
「ははは、それは私にも言えるかもしれん」
「そうなんですか?」
「勇者エメリーとミックの力の差は広がった。しかし、勇者エメリーと
流し目にリィたんが聞くと、エメリーは少し肩を小さくさせ、恥ずかしがりながらも笑って見せた。
そんな二人のやり取りを見て、またデュークが笑う。
しかし、デュークの背後を狙いすましている視線が一つ。
「じー……」
それは、エメリーの隣を歩く聖女アリスの視線に他ならなかった。疑いの目を向けられながら、デュークはアリスに言っ。
「さっきからずっとその調子ですね。どうしたんです?」
「いえ、何を企んでるのかなと」
「はははは、こんな状況で何を企むって言うんです?」
「国同士の連携を考えるなら、法王国を出てすぐにガンドフへ転移する事も出来たはずです。魔王復活がいつかわからないんですから、転移出来るならした方がいい。そう考えるのが普通ですよね?」
「……よく、聖女っぽくないって言われません?」
「いいえ、初めていわれましたっ!」
そう言いながらアリスがデュークの隣までやって来る。
ずいと肉薄するアリスの迫力に押されながらも、デュークはニコリと笑って返す。
「効率重視な聖女さんって初めて見ましたよ」
「出入国の形式的なアピールがあれば転移でも構わないって言ってるだけですっ!」
「……まったく、何でそんなに勘がいいのやら」
「今! 何か言いませんでしたっ!?」
「いえ、何も言ってません」
「どうしていつも貴方は――」
そう言いかけたところでデュークがアリスを腕を払って制した。
「え?」
小首を傾げるアリスは、周囲を警戒するデューク、そしてリィたんを見てすぐに理解した。
「密集隊形!」
エメリーが叫んだのも束の間、巨大な剣撃が飛んできたのだった。
エメリー、レミリアが前に出て、それを防ぐも、歪んだ表情からその威がどれだけのものかすぐに皆も理解したのだった。
やがて現れる、フルプレートアーマーを装備した大きな男。体つきから男とわかるものの、その存在感は異常とも言えた。
「あ、あれ……オリハルコンじゃありませんか?」
震える声でエメリーが言った。
オリハルコンに炎を走らせたような赤いラインの装飾。
正に一級品。
背中の
「俺の名は
どこかやっつけ感のある物言い。
しかし、それ以上に皆は首を傾げた。
どこか聞き覚えのある声だけに。
ハンがラッツに言う。
「あ、あれってもしかして……」
「あぁ、おそらく……というよりバレバレだ」
アリスがわなわなと
「ぜ、絶対オベイルさんです……」
そう思い、ハッとしてデュークがいた方を見る。
すると、そこにいたはずのリィたんも、デュークも……
「あ、あの吸血鬼……!」
こうして、聖女と吸血鬼の溝は更に深まったのだった。
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