その835 対話6
強い視線を向けるシギュン。
冷たくも温かくもない視線でシギュンを見るロレッソ。
ウキウキワクワク気分なのは、この場で俺だけなのかもしれない。
元首執務室に集まった俺、ロレッソ、シギュン。
シギュンは俺の席の前で腕を組み、足を組み、とても面倒臭そうに座っていらっしゃる。しかし、スーツと眼鏡を着用してきたのは驚いた。何あの秘書? 俺の秘書候補やばくない?
ロレッソは俺の隣に控えながらも、全く控えてない咳払いをしてきた。さっさと始めろと言わんばかりである。
しかし、意外にも話し始めたのはシギュンからだった。
「リプトゥア国元ゲオルグ王の懐刀ロレッソ――作戦統括室の室長様だった方が、まさかこんなところで宰相にまで上り詰めていたとはね。
「晴れやかな気分ですね」
ロレッソは淡々とそう答えた。
すると、何を思ったのかシギュンは俺を睨んできた。
「……な、何すか?」
「血を……吸ったの?」
あぁ、そういう事か。
「あれ、ロレッソの血って吸ったっけ?」
「いいえ、一度たりとも吸われた事などございません」
俺に頭を下げ、尚且つシギュンに伝えるようにロレッソが言う。
シギュンが気に掛けてるのはもしかして――、
「ロレッソはゲオルグに濡れ衣を着せられて重罪奴隷になってたんですよ」
「っ! 闇ギルドにもなかった情報ね……」
暗部の連中も驚いていたが、ロレッソはやはりというかなんというか知る人ぞ知るみたいな存在だったらしく、その境遇に驚く者も何人かいた。
シギュンは、俺がロレッソの血を吸いリプトゥア国から引き抜いたと単純に思っていたようだが、事はそう単純ではなかったというだけの話だ。おそらく、上司を裏切ったのに「晴れやかな気分」と返された事で、シギュンは俺が血を吸ったと疑ったのだろう。
ゲオルグの所業を考えれば、その返しは当然なのだが、裏切ってミナジリ共和国に付くのと、裏切られて付くのでは話が大きく違う。そういう事だ。
「シギュンさんに施した奴隷契約解除も、ロレッソが身体を張ったからこそ完成したんですよ」
「……そう」
歯切れこそ悪いものの、悪いようには受け取っていないようだ。自分が奴隷におちたからこそわかる事もあるんだろうな。そう思い、俺は話題を変えた。というより戻したのだ。
「じゃあ、
「……何の事?」
「やだな~、昨日帰り際に渡したじゃないですかー。アレですよ、アレ」
微笑み、ウィンクを送ると、シギュンは魔力をぎんぎんに放って威圧してきた。
すると、天井裏からラジーンが飛び出してきた。
「き、貴様っ! ミケラルド様への侮辱は許さんぞ!」
どうしよう、話が全く進まない。
「アナタがラジーンね……ふーん、以前見かけた時より強くなってるじゃない」
「わ、私を知ってるのかっ!?」
ラジーン君、どこか嬉しそうなのは気のせいかな?
まぁ、闇ギルドの親分的存在に認知してもらってたというのは、支部出身のラジーンとしては喜んで
「有能な新人が入ると、私が内偵に入る事があったの。私は捜査の名目で大きく動く事が出来たからね。聖騎士団には犯罪者を追う副団長として見られるだけだしね。一度法王国で仕事があったでしょう?」
「っ! あの時につけていたのかっ?」
ラジーン君、嬉しそうなのは……もう気のせいじゃないな、あれ。
「私の評価はどうだったのだ!?」
尋問のように聞こえるが、追及する理由がやましいと思うのは俺だけだろうか?
「ふふふ、支部送りになったでしょう?」
素敵なおみ足を組みかえ、シギュン様の
隣のロレッソが、
「ミケラルド様、ラジーンがやられました」
「一ヶ月減給一割ってところでどうでしょ?」
「では、そのように」
俺の淡々とした処罰も、ロレッソの淡々とした返事も、今のラジーンには響かない。
流石に可哀想だったので、俺はシギュンに聞いた。いや、ラジーン寄りだし、聞いてあげた……というのが正しいかもしれない。
「評価の分かれ目は何だったんです? 当時のラジーンの実力だったら【ハンドレット】は難しくても、法王国の
「あら、部下思いで優しいのね? 何か勘違いしているようだけど、支部にも戦力が必要な時もあるのよ」
四つん這いラジーンの顔がグワッと上がる。
「あの時点で本部の実力者は粒が揃ってたから、支部に回しただけ。支部ではそれなりの地位だったんでしょ? 本部に来なくて正解だったじゃない」
「おぉ!」
遂には立ち上がったラジーン君。
確か、支部では序列三位くらいだとか言ってたよな。
そうだよな、支部だからといって実力者がいない訳じゃない。
ところで、ご満悦なラジーンが顔を綻ばせながら天井裏に戻って行ったように見えたけど、あれは俺の幻視か何かだろうか?
「ふふふ、面白い番犬を飼ってるのね?」
よかったなラジーン、
そうでもしないと話が進まないからな。
「さ、そろそろいいですか? アレ、出してもらってもいいですか?」
顔をピクリと反応させるシギュンも、微笑み続ける俺を見て観念したのか、胸元から一枚の紙を取り出し、魔力で固めて投げつけてきた。
そこら辺に生えてる木くらいならスパっといきそうな紙を受け取った俺は、昂る思いで二つ折りにされたそれを開いた。
「ね、ねぇっ」
「何です?」
「ほ、本当に
慌て、恥ずかしそうなシギュンに俺は冷静に努め、伝えた。
「必要ですよ」
俺が見たいからね。
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