◆その826 一応の終止符5

 ホーリーキャッスルの牢獄で起きたゲバンの自殺。

 それは瞬く間に法王国全域に広がり、国境を越えるまでにそう時間はかからなかった。

 ミナジリ共和国の元首ミケラルドがいち早くこの情報を得たのは、クルス本人から直接連絡があったからだった。


『……そうですか、ゲバン殿が』


【テレフォン】越しに聞こえるミケラルドの声に、法王クルスは目頭を押さえる。


「うむ、自ら目を抉り、喉に短剣を突き刺してな……父として、責任を放棄させる事が最後の助け舟だったとはいえ、よく決断してくれたと思う……」


 声を震わせるクルスに対し、ミケラルドから訝し気な声が届く。


『目を抉った? あのゲバンが?』

『殿』

『ゲバン殿』


 ミケラルドの声の奥からロレッソの指摘する声が聞こえる。

 それを聞いたクルスが首を傾げる。


「どうした、ミック?」

『ちょーっとその状況を詳しく知りたいなーと』


 そんなミケラルドの質問を受け、クルスが昨晩から今日の朝までにわかった事を説明した。

 すると、今までうんうん聞いていたミケラルドが「あちゃー」と声を漏らしたのだ。


『ティースプーン……』

「ん? ティースプーンがどうかしたのか? ゲバンが服に忍ばせていた可能性が高いとの報告だったが?」

『いや、まぁそういう事なのかもしれませんね』

「ど、どういう事だ……?」


 このミケラルドの言い方に疑問を持ったのか、クルスの語気もやや強くなる。


『あ、そうでした。葬儀には手紙を書いて出しますので、多分、両国の関係はそんなに悪くならないんじゃないかと思います。それじゃあそろそろ晩御飯なので切りますねーっ!』


 ミケラルドの焦り気味の言葉は、クルスの疑問を全て跳ねのけた。当然、クルスがこれに応じる訳もない。

 慌て、立ち上がったクルスがミケラルドを追及する。


「あ、おいミック! まだ話は終わってないぞ! ティースプーンが一体どうしたっていうんだ! それにあの【魔導艇】の事も法王として聞いておかなければならないんだ! おい、ミックッ!?」


 そう言うも、ミケラルドからの反応は返って来なかった。

 はぐらかされてしまったクルスは、どっと腰を落とし小さく呟くように言った。


「……やはり、夢を見すぎていたか」


 そう自嘲しながら深い溜め息を吐いたのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ミナジリ共和国の元首執務室では、クルスとの通話を終えたミケラルドがロレッソにじーっと睨まれていた。


「……殿」

「いえ、その事を申し上げているのではないのですが?」

「ゲバン殿」

「私がお伺いしたい事はその事ではないと申し上げております」


 呪文のように「ゲバン殿」と言い張るミケラルドと、何度も「違う」と否定するロレッソ。

 しかし、流石はミナジリ共和国の宰相なのか、すぐにミケラルドの詠唱妨害アンチキャストに成功する。


「シギュンですよね?」


 その指摘にミケラルドは背筋をピンと伸ばすように反応した。


「ぎくり」

「先日、ミケラルド様の【闇空間】に『ティースプーンを一つ補充した』という報告を、カミナさんから聞いた覚えがあります」

「何でそんな些細な事まで記憶しているのか疑問なんだけど……?」

「事ミケラルド様についてであれば全て、でございます」

「優秀過ぎるって言われた事ない?」

「伝聞でよく」

「誰から」

「ナタリー様、ジェイル様、リィたん様から、ミケラルド様の愚痴として」

「つまり俺だけじゃん」

「そういう事になるかと」


 ニコリと笑ったロレッソを後目しりめに、ミケラルドはそそくさとその場を後にしようと立ち上がっていた。


「まだ話は終わってないのですが?」


 微笑むロレッソがミケラルドの行く手を阻む。


「馬鹿な!?」


 目にも止まらぬ動きにミケラルドが驚愕する。

 しかし、当のロレッソはそんな事は些事であるかのように先程の話に戻す。


「シギュンがゲバン殿を亡き者にしたのだとすれば、ミナジリ共和国にとってよくない噂が広まる恐れがあります」

「で、でもシギュンはゲバンに恨みを持っていたし……」

「当然、そう考える方が大半だとは思いますが、火のない所に煙は立たぬと申します」

「じゃあどうするのさ?」

「……クルス様であれば、間違った判断はしないとは思うのですが些か心配ではありますね」

「クルス殿が自殺として処理する可能性が高いって事?」

「その方が王族として外聞がよろしいかと」

「うーん……まぁ、ミナジリ共和国に借りもあるだろうし、そうするのが一番かもね」

「ミナジリ共和国を敵に回さないためにも、と言い換えた方が適切かと」

「いつからミナジリ共和国はそんな危ない国になったのか」

「当代元首が着任してからですね」


 そう爽やかに答えるロレッソに、ミケラルドが大きな溜め息を吐く。


「はぁ~……どうしろって言うんだよ?」

「早急にシギュンをミナジリ共和国へ」

「え、本気で言ってる?」


 ミケラルドが聞くも、ロレッソは表情を一切変えなかった。


「諸国にはミナジリ共和国で発見し、捕えた事を公表するべきです。この国の管理下に置かれる事を知れば、法王国も安心する事でしょう」

「でもさっき――」

「――シギュンを操りゲバン殿を謀殺したと思われないためにも、捕縛の報が最優先です」

「まぁ、それはそうかも……」


 そう零した後、ミケラルドは何かを思い出すように「ん?」首をひねった。


「いかがされました?」


 直後、ミケラルドはハッとした顔つきになる。


「あっ!!」


 その大きな声に、ロレッソが顔色を変える。

 慌て、心配そうにミケラルドを見るのだ。


「ミケラルド様、一体何がっ!?」

「まだ……」

「まだ?」

「まだご褒美貰ってないじゃん!?」


 頭を抱え叫ぶミケラルドと、頭を抱え嘆くロレッソ。


「あんの女狐! 首根っこ捕まえてきてやるっ!」


 そう言うも、シギュンを解放したのはミケラルド自身である事を、当の本人は完全に忘れているのだった。

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