◆その808 エンドレスコール

 法王国内に法王クルスの暗殺事件が広まっている頃、ミナジリ共和国では元首執務室にいるミケラルドが頭を抱えていた。

 部屋の【テレフォン】が反応し、魔力の波が響き渡る。


「……またか」


 既に何回目かのコールに、への字に口を結ぶミケラルド。

 溜め息を吐くロレッソが呆れながら呟く。


「出てあげたらいかがです? アリスさんでしょう?」

「いや、今の段階でコンタクトを取る訳にはいかないよ。まずはゲバンをきっちりシメないと。そこからまた根回し根回し根回し……」

「……クルス様はどうされているので?」

「あのクルス殿の私室にはクルス殿とアイビス殿しか知らない隠し部屋があるんだよ。そこで一部始終観てるよ」

「正に世界を巻き込む大騒動となりましたね」

「法王国の膿を出し切るにはこれくらいしないとダメだよ。もっとも、そんなつもりは毛頭なかったけどね」


 ミケラルドは肩をすくめて嘆く。


「全てはミナジリ共和国へ矛を向けたがため、という事ですか」

「それ以外ある?」


 はにかんで笑ったミケラルドに、ロレッソは小さな鼻息をスンと吐いた。そして、今一度という様子で姿勢を正したのだ。


「外からの圧力に関してはお任せください」

「ありがとう、頼りにしてるよ」

「とはいえ、他国も静観を貫くとは思いますが」

「え、何で?」

「ミナジリ共和国が絡んだ以上、この一件は単なる内乱というだけでは済みません。世界は見守るつもりですよ」

「何を?」

「この戦争が、世界のリーダーを決めると」


 ロレッソの言葉に、ミケラルドは目を丸くした。

 そんな事など考えていなかった様子のミケラルドは、腕を組みうーんと唸る。


「そんなつもりはなかったんだけどな……」

「法王国をして太刀打ち出来ない第三勢力。これを世界に知らしめる良い機会です。方法こそ武力に傾いていますが、私は今回の一件を支持します」

「最初はあんなに頭抱えてたのに……」


 言うと、ロレッソは地図を指差した。


「現在、ミナジリ共和国は西にシェルフ、東にリーガル国という国家に囲まれています。シェルフが主張している領土が極めて小規模な事を考慮し、当初は西へ領土を広げていく事が求められてきました。しかし、ミケラルド様の【魔導艇】により、周辺国家を囲うような領土主張が出来るようになりました。しかし、リーガル国以外はそれを知らない現状でさえ、世界はミナジリ共和国という強国を認めつつある。正直、私が生きている内にこのような急成長を遂げられるとは思ってもみませんでした」

「ロレッソって結構若いよね?」

「そういう話ではありません。本来国家とは十年、百年単位で成長するものです。しかし、ミナジリ共和国はその枠にとらわれる事がありません。世界は薄々ながらも気付いています。ミナジリ共和国に、世界の成長を見ているのです」

「な、何かいつもより熱弁だね……」


 引き気味なミケラルドだったが、ロレッソの熱が鎮火する事はなかった。


「これは大きなチャンスなのですっ!」


 バンと机を叩き、肉薄するロレッソ。


「あー、スイッチ入っちゃったよ……」

「世界の市場をミナジリ共和国にするという本来の構想は国家主体の下、徐々に他国民に広めていく予定でした。しかし、この戦争で全てが変わります」

「そんなに動くかなぁ……」


 困り顔のミケラルドが目を逸らす。

 しかし、既にその視線の先にはロレッソがいた。


(あれ? 瞬間移動した?)


 目を丸くさせたミケラルドが硬直する。

 すっと目を見ると、そこにはいぶかしげにミケラルドを見るロレッソがいた。


「何、そのジト目?」

「お忘れかもしれませんが、【クイン】がミナジリ共和国に下っているのですよ?」

「そういえばそうだけど……それが何か?」


 首を傾げるミケラルドにロレッソが呆れた様子で返す。


「……ご自分の実力のせいもあるのでしょうが、ミナジリ共和国はまた、、SSSトリプル相当の実力者を得た……世界にはそうとられるのですよ」

「んー……でもクインの所在はわからないようにするし……」

「他国の王は騙せません」

「で、ですよねー」

「そして先程の【テレフォン】です」

「……なるほど」


 そこまで言われて、ミケラルドはようやくロレッソが言わんとしている事が理解出来たのだ。


「皆、ミナジリ共和国に意識を傾けている、と?」

「違います」

「え?」

「ミケラルド様、あなたにです」

「…………なるほど」


 そう言って、ミケラルドは背もたれに身体を預けた。


「魔族四天王討伐の一件で滞っていた商人ギルドとの折衝せっしょうも、この戦争が終われば確実に決まる事でしょう。場合によっては商人ギルドの本部誘致すら可能になるかもしれません」

「なにそれ怖い」

「怖いのは私の方ですよ」

「いつも冷静なロレッソ君とは思えない台詞だねぇ」

「親愛なるミケラルド様はご存知ないかもしれませんが、法王国の騎士、聖騎士という精鋭たちがこのミナジリ共和国に向かって来るのですよ」

「さっき強国がどうのって言ってなかった?」

「こと武力において、私がミナジリ共和国の心配をすると本気で思っているのですか?」


 それが答えだと言わんばかりの真顔なロレッソを見て、ミケラルドは苦笑する事しか出来なかった。


「で、ですよねー……」

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