◆その805 証拠収集1

 ミナジリ共和国から法王国へ戻ったオリヴィエ姫。

 ゲバン私邸まで戻り、父にミケラルドとの謁見を報告した後、オリヴィエは自室へとやって来た。

 自室だというのに、その顔には未だ緊張が残っていた。

 王族の一室というには簡素な部屋。

 オリヴィエは周囲をキョロキョロと見渡しながら小声で言った。


「い、いらっしゃるんでしょう……?」


 そう零すと、天井から上半身をニュっと生やすミケラルド。


「うわぁ、お姫様の部屋って感じじゃないですよこれ」

「……そんな事は理解しています」

「良く言って男爵家、いや、準男爵? 節税とは関係ないところで娘さんを蔑ろにしていらっしゃるようですね、お父上は」

「ちょ――誰かに聞かれたらどうなさるおつもりですかっ」

「まぁまぁ、誰も聞いてませんよ。今のところね。さて、証拠収集の前に――」


 オリヴィエが怒るも、ミケラルドは部屋をくまなく凝視しているばかり。天井を歩き、壁に耳を当てる。次にコツンと壁を叩きながら部屋を一週。オリヴィエは誰かにバレるのではないかと気が気でない様子。

「……ふむ」


 そう零したミケラルドは、暖炉の近くを華やかに彩り始めた。

【闇空間】から取り出したカキツバタ含む多くの花。リースのような花の中央にはドゥムガのイラスト。


「ちょっと、何ですのその落書きはっ」


 ミケラルドは無言のまま壁にドゥムガの顔を描いた。

 そして、ウィンクするドゥムガが描き上がると、オリヴィエを手招きしたのだ。


「な、何ですの……?」


 ミケラルドが指差すのはリースに囲まれたドゥムガのイラスト。


「魔族……ですよね?」


 オリヴィエが小首を傾げるも、ミケラルドの行動は変わらなかった。

 その行動をいぶかしんだオリヴィエが一歩前に出る。

 そして目を細め、ミケラルドの指先をじーっと見つめたのだ。

 ドゥムガの顔、ドゥムガの鼻、中央にある黒く塗りつぶされたドゥムガの鼻穴、、。二つある鼻穴の内、右側の穴がおかしい。

 オリヴィエがまた一歩足を進める。

 すると、そこには針の穴程の小さな穴があったのだ。

 驚愕したオリヴィエはそのまま悲鳴を手で塞ぎながら後退した。

 驚き隠せぬまま、目を丸くしたオリヴィエはミケラルドを見た。

 そんな中、ミケラルドはドゥムガの顔を描き直していた。


「何をしてますのっ」

「いや、ちょっと……子供たちの滑り台役をやってる時のドゥムガのがいいかと思いまして」

「そ、そういう問題ではありませんっ。これは一体……!」

「覗き穴ですね」

「覗き穴って――」

「――今は監視者がいらっしゃらないみたいですが、どうやらオリヴィエ殿はゲバン殿にそこまで信用されていらっしゃらないようですね」


 そう言われ、頭を抱えるオリヴィエ。

 覗き穴を覗きながら、ミケラルドが零す。


「いえ、信用出来なくなった……でしょうか」

「……へ?」

「この覗き穴と隠し通路……数日内に造られていますね」

「ど、どうして……」

「ゲバン殿の話をオリヴィエ殿が聞いちゃったからでしょうね。つまり――――おっと」


 そう言いかけた直後、ミケラルドは瞬時に姿を消した。

 オリヴィエはそれを不可解に思っていたが、すぐにその理由を理解した。

 部屋に響くノック音。

 ビクリと反応したオリヴィエだったが、すぐに自身を正した。


「何か?」


 扉の奥から返答はなかった。

 ただ扉が開いただけ。だが、ここは姫の自室。それが許される訳がない。


「誰です!」


 何の断りもなく自室に入る男に、オリヴィエの視線がキツくなる。

 だが、男はそれを意に介した様子はなく、ただニコリと笑った。


「やだわ、ちょっと挨拶したくて入っただけじゃない」

「何者です」

「お初にお目に掛かりますオリヴィエ様~? 屋敷の警備統括を任じられた【ジュリサス】と申します」


 言いながらジュリサスがウィンクする。

 隠れてそれを見ていたミケラルドが顔を歪める。


(おネエだ……っていうか、あれがジュリサスか。確かに只者じゃない魔力量。なるほど、ゲバンと決別しても逃げられるだけの実力は持っているようだな)


 ジュリサスがちらりと壁を見る。

 その視線にオリヴィエが気付く。

 そこにはミケラルドが描いたドゥムガのイラストがある。

 それに気付いたオリヴィエは、おそるおそるジュリサスの視線を追った。

 だが、そこには帰宅した直後の壁のままだった。

 イラストはなく、目を下げればそこには暖炉があるばかり。


「……暖炉が何か?」


 精一杯虚勢を張ったオリヴィエの言葉。


「い~え~、何でもありません」

「お父上の許可があるのかもしれませんが、私の部屋を凝視されても不快感しか感じません。何もないのであれば下がってください」

「…………そうね、そうしましょ。それじゃあ、お姫様これからよろしくね~」


 そう言って、ジュリサスはウィンクをしてから部屋を去って行った。扉がパタンと閉められ、気が抜けたのかオリヴィエはへなへなと腰を落とした。

 そしてまた暖炉側の壁を見たのだ。

 そこには何故か、今しがた去ったばかりのウィンクするジュリサスが描かれていた。ウィンクから飛んだハートの中央には小さな覗き穴。

 余りの早業に呆れた顔をするオリヴィエが、小声でミケラルドに声を掛ける。


「何を考えていますの?」

「私は他国の元首ですよ?」


 ミケラルドの姿は見えない。

 しかし、天井から聞こえる声はミケラルドのものだった。


「そ、それが何か……?」

「しかも法王国には国外追放されている元首ですよ?」

「だから聞いているのではありませんかっ」

「悪巧みに決まってるでしょう?」


 振ってきた言葉は天災か。

 天を仰げぬオリヴィエは、俯き、小さく嘆くばかりだった。


「うぅ……本当に大丈夫なのでしょうか……」

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