その790 井戸端会議1

「聞いた、ミック!?」


 ミナジリ邸裏のスペースで【魔導艇】の外装を造っていると、ナタリーがやって来た。


「聞いたよ、シギュンとクインの脱走だろ?」

「あれ?」


 ナタリーは俺の反応が思っていたのとは違ったのか、小首を傾げている。


「何でそんなに暢気のんきなの?」

「流石に法王国の事件だからな」

「逆じゃなくて?」

「国家転覆テロというより相続問題に近いだろ。ウチがとやかく言える事じゃないよ」

「え、やっぱりアレってゲバンの仕業なのっ!?」

「殿」

「そう言ったよ?」


 言ってない言ってない。何、可愛くコテンと首を傾げているのか。

 まぁ、ナタリーがここに来た直後、ナタリー自身が音声遮断してるしな。最初から内緒話するつもりでここに来たな?

 にしても、魔法の扱いが日に日に上手くなってるな。

 聖騎士学校でも伸びたけど、ミナジリ共和国に戻ってから、更に自分を追い込んでるのか。

 ナタリー自身も忙しいくせに大した十三歳だなぁ、まったく。


「確信はないけど、十中八九ゲバンの仕業だろうね」

「でもオリハルコンの牢だよ? どうやって脱走させたの?」

「牢は壊されてないみたいだから、【壁抜け】の能力持ちだろうね」

「ミック以外に使える人がいるの?」

「俺もそうだけど……人じゃないよ」


 そこまで言うと、ナタリーは絶句した。

 ナタリーが便宜上「人」という言葉を使い、俺は人類という言葉で括った。それだけでナタリーは理解したのだ。


「……魔族って事、だね」


 確認する訳でもなく、自問する訳でもなく、ナタリーはそう零した。


「おそらく妖魔族の生き残りだろうね、ヒミコに確認したら十魔士のエルダーレイスが怪しいって話だよ。レイスとアークレイスはリッチと戦った時に雷龍シュリが全滅させちゃったからね」

「ゲバンは魔族を従えたって事?」


 こんな井戸端会議みたいに話すような話題ではないが……まぁ、ナタリーも軍部を預かる者として聞いとかなくちゃいけないだろうな。


「それがね? プライドの高い魔族が人間に下るとは思えなくてねぇ」

「それじゃあ……お金?」

「魔族なら現物のが喜ぶだろうけど……どうもそれで動くとも思えない。そこで俺は考えた訳だよ」

「何を?」

「向こうから歩いて来る人に聞いてみた」


 俺が指差した方へ振り返ると、ナタリーはその男の存在に気付いた。

 やたら身なりの良い恰好なのは、俺がそうさせているからだ。理由はそう、彼は現在表舞台で活躍する人間だから。

 元リプトゥア国の闇奴隷商であり、現ミナジリ共和国の外交官――コバック君。

 その両サイドを歩くのは護衛のドノバン、イチロウ、ジロウである。


「コバックだー」

「「お久しぶりです、ナタリー様」」


 一糸乱れぬご挨拶。

 しかし、俺への挨拶はどこいった?

 俺と目が合った瞬間、イチロウとジロウは恋に落ちたのかと思うほど目が泳いでるし、ドノバンはコバックの後ろの隠れている。コバックは緊張で脂汗全開って感じ。

 まぁ外交官チームだしな。ナタリーと縁が薄い分、俺への恐怖しんらいのが強いのかもしれない。

 四人は跪き、ナタリーは音声遮断空間を少し広めにした。


「どうだった?」


 そう聞くと、コバックは恐る恐る答えた。


「私の知る奴隷商全てに確認したところ、リプトゥア国から逃れていた闇奴隷商がいたと確認出来ました」


 それを聞き、バッと俺に振り返ったナタリー。


「ミック……それって……!」

「そ、魔族関係の奴隷を扱ってる奴隷商がいるんじゃないかと思ってね」

「で、でもよくそんな事思いついたね」

「前にダイモンと一緒にコリンを助けた時さ、コバックがドゥムガを捕えてただろう?」

「あー、確かにそうだね」

「それで考えてコバックに聞いたんだよ。『魔族も奴隷に出来るのか』って。特に制限はないらしくてさ、その辺探ってもらったんだよね」


 すると、ナタリーが思い出したように聞く。


「あ、でも、ドルルンドの町の奴隷商は皆ミックが血を吸って奴隷契約を出来ないようにしたじゃない? あの時、他に奴隷商がいないって確認してなかったっけ?」

「多分ね、聞き方が悪かったんじゃないかなーと」


 そう言ってちらりとコバックを見る。

 イチロウとジロウが「「おぉ……!」」と感嘆の声を漏らしている。


「流石のご慧眼、確かにあの当時、奴隷商や闇奴隷商はおりませんでした。魔族を専門に扱っていた闇奴隷商は病に倒れ、病死。しかし、その闇奴隷商にも弟子がいたようです。商売にはせず、道楽として魔族を奴隷とする奇人が」


 奇人ねぇ。

 確かにコバックからしたらそうなのかもしれないな。


「名を【ジュリサス】。【エル】なるエルダーレイスを奴隷にした凄腕の男です」


 エルダーレイスは十魔士の中でも少数。

 しかし、それでも十魔士に名を連ねる精鋭中の精鋭だ。

 エルダーレイスを捕えられる程の凄腕……か。

 ジュリサスって男……ちょっと危険だな。


「ひっ!」


 そんな事を考えていると、ドノバンから悲鳴が聞こえた。


「ん?」

「ミック、魔力漏れてるー」


 お漏らししちゃった。


「それじゃあ、そのジュリサスって奴をゲバン殿が雇い、シギュンとクインを脱走させたと」


 言うと、コバックが頷く。


「その可能性は非常に高いかと」

「わかった、クルス殿には俺から報告しておく。ありがとうね」


 そう言うと、コバックたちは頭を下げ去って行った。

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