その772 ミ・ナ・ジ・リ

「――――という訳なんだけど」


 あの後、俺はナタリー、ジェイル、リィたんに全てを話した。

 間接的ながらも古の賢者と話したという事。

 魔族四天王の殲滅を急ぐべきだという事。

 古の賢者が未来からやって来た可能性が高いという事。

 俺が完全レンタル吸血鬼だったという事。

 古の賢者の言葉に耳を傾けようとしている自分がいる事。

 その通り行動すれば、世界から糾弾される可能性が高い事。

 だが、それをしなければ世界にとってもっと不幸な事が起こるかもしれないという事も。

 全て、全て皆に打ち明けた。

 すると、彼らは俺の言葉など聞いてないかのように、まじまじとテーブルに広げた地図を見下ろしていた。

 まずナタリーが魔界のとあるポイントを指差した。


「魔界の【ミックバス】に転移すれば最初に視界に入るのは――」

「――スパニッシュの屋敷だな。ここを私とジェイルで強襲しよう」


 リィたんが早速物騒な事言ってる。


「竜騎士はどうする?」


 ジェイルが聞く。


「あ、私が指揮するよ。【嘆きの渓谷】で待機して魔族がガンドフに向かわないように魔界に蓋しちゃうから」


 かつて、スパニッシュに献上された美少女ハーフエルフの姿が、頼もしい軍師にしか見えない。


「でも二人でスパニッシュは倒せるの、ジェイルさん?」

「問題ない。必ずや奴の首をとって来よう」


 ジェイル一人でもスパニッシュの首を落としてきそうだ。


「スパニッシュの首をとり次第、我々は一番遠い北西に向かおう」

「北西……牙王レオか」


 ジェイルの言葉にリィたんがにやりと笑う。


「だが、南東の不死王リッチはどうすべきか」


 リィたんが地図上にある魔界の南東部を見ながら言う。


「あ、雷龍シュリは?」


 ナタリーの采配はいつも完璧である。


「ふむ、アイツならば適役か。ならば魔女ラティーファと魔人は――」


 リィたんがすっと俺に視線をずらす。

 やがてナタリー、ジェイルも俺に視線を移した。


「い、いや、まだ相談の段階だったんだけど……?」


 そう聞くも、ナタリーが肩をすくめた。


「何言ってるのよ、ミックがそう決めたって顔してるのに、私たちが首を横に振れる訳ないじゃない。それに――」


 ナタリーがジェイルに振った……?


「――リーガル国とのサマリア港開発、オリハルコンの魔導艇、法王国との外交、世界会議……全部が中途半端。しかし、それでも行動に移すしかないとミックが判断したのだ。私がこれまで見てきたミックの判断が間違った事はない。世界が安定すれば、ミナジリ邸の料理長シェフとして落ち着く事が出来る。何も問題はない。それに――」


 次はリィたんへ?


「――我があるじならば、ドンと構えて命令すればいい。我が力はミックの矛であり盾。この水龍リバイアタンに恥をかかせる気か、ミック? それに――」


 それにそれにと、またナタリーにもどってくる。


「ミックは私のご主人様だからねっ!」


 パチンとウィンクするナタリー。


「出世払いをすると言ったのだ。しっかり払ってもらうからな」


 ニヤリと笑うジェイル。


「天寿を全うするのだろう? 戦死など私が許さんぞ!」


 怒るように、膨れながら言ったリィたん。

 たまに、この三人は【テレパシー】で示し合わせているんじゃないかと思う時がある。

 しかし、そうではない。そうではないのだ。

 彼らは、全てをなげうってでも俺に付いて来てくれる。そう言っているだけなのだ。

 全てが思い通りになる訳ではない。

 計画は計画。些細な事でおじゃんになる事はいくらでもある。


「……世界って思うとおりにならないものだね」


 そう零すと、三人は見合ってから一気に噴き出した。


「「ハハハハハッ!」」


 それはもう盛大に。

 笑いすぎて涙目になったリィたんが言う。


「思い通りになると思っているのはミックだけなんじゃないか?」


 あなた何でも押し通る感じの龍族じゃありませんでした?

 ……まぁ、彼女がそう思うって事は、それだけの心の変化があったって事か。


「人間関係ですら難しいのに、世界だってジェイル」

「ふっ、ミックらしいな。世界を相手どってどうとでもなると思っている」


 なんだか、俺がとても恥ずかしい発言をしたみたいだ。

 というか、そんな気しかしない。

 ジェイルの言った通り、確かに全てが中途半端だ。

 だが、これを放棄してでもやらなければならない事。

 それが出来たというだけの話だ。


「ラジーン」

『はっ』


 天井裏にいるラジーンに言う。


「悪いんだけどロレッソを呼んでくれる?」

『かしこまりました』


 ナジリの三人に相談してよかった。

 頼もしい仲間に支えられ、俺は幸せものだ。

 その後、心配そうなロレッソが元首執務室にやって来た。

 これまでの全てをご破算にし、魔族四天王を殲滅する事を話すと、彼は頭を抱える訳でもなく、ただ淡々といつものロレッソに徹した。


「かしこまりました。ただ、世界会議の議題をないがしろにするのですから、元首ミケラルド・オード・ミナジリとして各国に話を通しておくべきでしょう。非公式でも構いません。なるべく早く伝えてください。私はこれから国内外各方面への調整がありますのでこれにて。何かあった際はお気軽に【テレパシー】をお使いください。では」


 嵐のような言葉の後、風のように去って行ったロレッソ君。

 しかし、各国への弁明か。

 やはり最初は法王国からだろうか。

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