その771 反芻

 古の賢者の言葉を反芻はんすうした直後、俺は目を丸くしてガタリと椅子から立ち上がった。


「あれ……え? いあ? ちょ、ちょっと待ってくださいね……?」


 言葉すらまともに出てこない程驚いたのは、寄生転生をしてから初めての事かもしれない。

 しかし、俺がテンパってしまう程おかしな事が起きているという事実。普通後悔を匂わせるならば――「後悔するかもしれないぞ」と言うべきだ。だが、古の賢者は違った。

 コイツは今何て言った?


 ――後悔する事になるぞ。


 そう言ったんだ。

 まるで、その「後悔」を体験した事でもあるかのように。


「あ、貴方は……?」

「その問いに答えるべき時は今ではない。が、私の危惧とお前の危惧、そのズレに少々整合性がとれたのはいい事かもしれないな」


 この言い回し……間違いない。

 彼は未来で起きるであろう出来事を知っている。

 ならば何故彼は古の賢者なのか。

 問題はそこだ。

 彼はおそらく、未来から遠き過去に渡ったのだ。

 方法は定かではない。しかし、転移魔法なんて現実離れした事が可能な世界だ。時を渡る事など可能なのかもしれない。

 だからなのか。

 だから古の賢者は世界に関わろうとしていないのか。


 ――未来を変えないために。


 だが、それなら何故俺と会ったんだ?


「ゲバンなどという小物を相手にしている場合ではないぞ、ミケラルド」

「……何が仰りたいのか」

「それは先程答えたつもりだが?」

「魔族四天王の殲滅を急げ……と」

「その優秀な頭も借り物だという自覚があるのか?」

「やっぱりそういう事なんでしょうね」

「そうだ、それでいい。私の指図で動くのは気にくわないかもしれないが、世界のためと割り切る事だな」

「最後に一つだけ聞いていいですか?」

「答えられるとは限らないぞ」

「何故私に?」

「…………それは」


 そう言った後、古の賢者は口ごもった。

 しかし、俺が聞いた質問は、ちゃんと返ってきた。

 俺の意図せぬカタチとなって。


「それは、私自身もわからないな」


 そう言って、ギルド通信の水晶から光が失われていった。

 単発式の【テレフォン】だったって事か。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 リプトゥア国から帰り、ロレッソに執務を全てキャンセルを伝える旨を伝えたが、彼は文句一つ言わずにただこうべを垂れた。

 俺は、元首執務室でやたらやわらかい椅子にもたれかかりながら、何をする訳でもないまま天井を見つめていた。


 ――その優秀な頭も借り物だという自覚があるのか?


 俺の肉体は特別製。

【勇者レックス】は【霊龍の天恵】を宿したまま殺され、その肉体に【魔王の魔力】を込め、【魔族四天王の吸血公爵ちちうえの血】を使って生まれた。本来ならば、奴が俺の肉体を使うはずだった。しかし、奴の魂に更に俺が寄生した。

 つまり、俺の身体には俺と言える要素がない、、、、、、、、、、のだ。

 天恵を宿した勇者の身体だ、脳のスペックも抜群にいいだろう。

 現代地球の残念系男子では出来ない事を沢山してきた。

 イメージだけは俺のものだろう。しかし、それを具現化出来る要素は全て借り物の身体を間借りして行っただけだ。

 凄腕冒険者も、ミケラルド商店も、貴族も、立国も、超大国も、世界最強も……俺はこの借り物の身体でやってきた。

 ただそれだけなのだ。

 いつものように明るく振る舞いたいが、それも今はただむなしいだけだ。


「レンタル吸血鬼か~……」


 我ながら本当にくだらない言葉が出てきたものだ。

 虚空に響く言葉を拾う者はいない。

 返却はしなくちゃいけないのだろうか。

 延滞金はあるのだろうか。

 対価は白金貨では支払えないものだろうか。

 奴が俺の身体を取り戻せば、俺の自我はおそらく……――。


「まずは魔族四天王の殲滅。これは世界にごめんちゃいすれば何とかなるか? いやー、でも法王国のゲバン派の糾弾が凄そうだな。こればかりはきっと国民にも謝罪が必要だろうな。援護もなく輸送もなく、関係も悪化し、元首支持率も低下……ふむ、悪い事ずくめだな」


 だが、裏を返せば、それ以上に悪い事が起きるという話なんだよな。

 ……だがしかし、この話も「古の賢者の話を全て鵜呑みにすれば」という注釈が必要になる。

 流石に一人で決める事なんて出来ない……か。

 これまでの全てがレンタルだっただけで、その過程がなかった事にはならない。短いながらも俺にも歴史があるのだ。

 ……仕方ない。


「ナタリー、ジェイルさん、リィたん、そこにいるだろう? ちょっと相談があるんだけど?」


 そう扉に向かって言うと、気まずそうなナタリーがもじもじしながら入って来た。やがて気まずそうなジェイル、気まずそうなリィたんが俺の前に並ぶ。


「ちょ、ちょっとミックの事が心配で……」


 ナの字の供述、


「ミ、ミックの安全を守るのが私の役目だからな」


 ジの字の供述、


「き、聞き耳を立てた事は謝ろう! だが、そうさせたミックも悪いんだぞっ!」


 リの字の供述。

 気まずい三銃士の動機は全て、俺への心配があった。

 きっとロレッソが三人に俺の事を話したのだろう。

 執務を全キャンセルしたのだ。そんな事はした事もなかったからな。

 三人、勿論ロレッソに対しても咎める気はないし、むしろありがたい事だと思う。

 だから俺は、彼らに相談した。

 それがたとえ、全世界を裏切る相談だとしても、彼らは親身になって聞いてくれるだろう。

 それは、短いながらも培った、俺の歴史なのだから。

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