その759 制約

 魔界に四カ所ある魔族四天王の根城。

 人間界に一番近い南東の吸血公爵スパニッシュの領域。

 北東に位置する魔女ラティーファの領域。

 北西に位置し、西の山々を越え海を挟むとリーガル国がある牙王レオの領域。

 南西に位置し、東へ続くオリンダル山脈の麓にある不死王リッチの領域。

 それら四つの領域の中央に位置する魔界のど真ん中。そこに歴代の魔王が治める魔王城がある。


「魔界のど真ん中だけあって凄いな……」


 空に浮かぶ【ミックバス】の窓から魔王城を見下ろしていると、隣の窓からひょこりとジェイルが顔を覗かせた。


「見ろ、魔王の留守を守護するリザードマン種たちだ」

「本当ですね、魔族四天王の下部組織……確か【十魔士】でしたっけ」

「入れ替わりこそ激しいが、【ダークマーダラー】、【ダイルレックス】【ハーピー】あたりが古参だな。新参で言えば【リザードマン】がそうだ」


 リザードマンの剣豪ジェイルが、勇者レックスを殺した。

 これにより魔王から評価を受けたリザードマンが十魔士となる……か。勇者レックスの変貌はイヅナやアイビスも知らなかった事。

 プリシラの看取りにミナジリ共和国にやってきた魔皇ヒルダにも一応聞いてみたが、レックスの二面性については不可解を示していた。

 リザードマンを十魔士にしたところで魔界にとってメリットがあるとは思えない。ならば、勇者レックスを倒せる者を選んだという方が筋が通る。

 レックスはジェイルの奥さんを殺し、それを見て憤怒したジェイルに殺された。


 ――ジェイルは選ばれた。勇者を殺せる実力者として。

 ――レックスは殺された。勇者殺害を目論む何者かによって。


 この絵を描いたのは一体誰か。

 俺的一位が魔王で、二位が古の賢者か。三位とは言いがたいが、可能性として考えられるのは他の魔族四天王だが、当時リザードマン種は十魔士ではなかった。スパニッシュの配下にいたそうだが、怪しいとすれば吸血鬼の地位向上を狙った線だろうか。

 だが、魔王は当時勇者の討伐準備段階にあったらしいし、ここで行動してしまえば魔王への反乱ととられかねない。魔族四天王が動くには少々弱いんだよなぁ……。


「なーに難しい顔してんの?」


 いつの間にか、隣にはジェイルの顔ではなくナタリーの顔があった。ジェイルの顔がナタリーになったと錯覚したから一瞬目を丸くしてしまった。


「あー、勇者レックスの二面性について考えてたんだよ」

「リザードマンを見てそう思ったの? ミックってそういうところ単純だよね」

「単純でわるうござんした」

「私は結構褒めたつもりなんだけど?」


 それは気付かなかったな。


「それで、世の中には何でこんなに権謀術数けんぼうじゅっすうが取り巻いてるんだろうなーって思ってね」

「自分もやりたい放題じゃない?」

「それはそうだけど、こういう時は自分を棚に上げたいものだよ」

「じゃあミックを除けば、こういうのが得意なのは誰なのよ?」

「ん~……でもやっぱりこういうのって人間が得意な気がするな」

「人間……か」


 複雑そうな表情のナタリー。

 彼女の口から次に出てきた言葉は、俺を目をまた丸くさせた。


「ねぇ」

「ん?」

「今から魔王城に奇襲したら世界はどうなるんだろうね」


 それはきっと、ナタリーなりの純粋な疑問だったのだろう。

 ここに俺、リィたん……それに雷龍シュリでも呼べば、魔族四天王は勿論、魔王すらも滅ぼせるかもしれない。むしろ滅ぼせる可能性の方が高い。しかし、それをしないのは何故か。

 それは、ナタリーが俺にぶつけたかった質問なのかもしれない。


「ミックの判断が鈍る理由は簡単だ」


 反対側の窓からリィたんの顔が生えてきた。


「どういう事?」


 俺の顔を挟んでナタリーが聞く。


「魔族にとって魔王は絶対。龍族にこそ出来たとて、ミックには出来ない事もあるという事だ」

「それって、ミックは魔王を倒せないって事」

「命を奪う行為は出来ないという事だな。これまでミックは無意識にそうしてきた。勇者エメリーのために【勇者の剣】を造ろうとしているのがいい証拠だ」


 ……常々思っていた事だが、やっぱり俺にはそういう制約があるんだろうな。けど、魔族の血は吸える。

 親殺しというか、魔族の王を殺すには、やはりそれは別の種族を頼らざるを得ない訳か。

 だから俺はこんなに勇者エメリーや聖女アリスを気に掛けていたのかもしれない。なるほど、あれは無意識だったのか。


「つまり、魔族四天王はやっちゃえるって事だよね?」


 ナタリーのツッコミは、的確且つ斬新だった。

 そんなナタリーの言葉を受け、リィたんが首を引っ込める。

 ミックバスの座席の上で唸るリィたんにジェイルが言う。


「確かにこの面子ならば、奇襲を決めれば魔族四天王を葬れるだろう。たとえそれは魔人の加勢があろうとも……だ」

「【ビジョン】などの細々とした準備はしてきたが、この資源調査で魔族四天王を葬るのも手……か。どうするミック?」


 リィたんが聞くも、俺はその答えを出せずにいた。


「……やっぱり、世界の理解は必要だと思う」

「ミナジリ共和国を建国した弊害……か」


 ナタリーはそれに理解を示し、これにリィたんとジェイルも頷く。

 そこでその話は一旦落ち着きを見せた。

 いや、待てよ?

 この話を世界に持ちかければ、ゲバンの企みも或いは……?

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