その755 深夜の密会2

 俺が作戦名を告げると、オリヴィエは顔をくわっとさせて肉薄してきた。


「わ、わたくしにお父様を売れと仰るのですかっ!?」

「作戦名が長いので、【オリ恩の失墜】って略したいんですけどどうでしょう?」

「聞いていますのっ!?」

「いやいや、まだ恩を売ってないじゃないですか」

「結果的にそうしろと言っているようなものです!」

「まぁ、まずはこちらの計画書をご覧ください」


 俺がテーブルの上に一枚の紙を置くと、オリヴィエはようやく椅子に座ってくれた。そして、計画書に目を通すや否や、俺にイイ感じのジト目を向けてきたのだ。


「表題に【リア充計画】とありますが、これは一体……?」


 やっべ、消し忘れてた。


「わ、私の故郷の言葉でカキツバタという意味があるんですよ」

「疑わしいですわ」


 鋭い視線をかわし、俺はお茶を口に運んだ。

 すると、俺への追及を諦めたかのようにオリヴィエが計画書に目を通す。

 そして、一読が終わった後、彼女は俺に言った。


「つまり、軍部指令室に【ビジョン】なるマジックスクロールを貼り、お父様の醜態を記録させようと?」

「そういう事です」

「……何故、私がそのような事を?」


 嫌がっている様子はない。

 ただ、彼女は純粋な疑問を俺にぶつけてきた。


「オリヴィエ殿が【ビジョン】を設置する事に意味があります」

「まるで、ご自分なら容易に設置出来るかのような物言いですね」

「そう言ったつもりです」

「では、私が【ビジョン】を設置する意味とは?」

「内部告発という形にしなければ、【ゲバン殿の罪はオリヴィエ殿にも向いてしまう】からですよ」

「っ!」


 そう言うと、オリヴィエは口をギュッと結んだ。

 言葉に詰まったのではないのだろう。

 おそらく、あふれ出そうな感情を押し殺したんだ。

 でも、潤んだ瞳からあふれ出た一粒の雫だけは、押しとどめる事は出来なかった。


「……使いますか?」


 ハンカチを渡そうとするも、オリヴィエは震える声でそれを拒否した。


「……結構です」


 左目から流れる涙を人差し指で拭い、彼女は小さく……しかし深く呼吸をした。


「……失礼いたしました」

「涙を流す事が失礼なのだとしたら、その世界は間違っていますよ」

「それは……貴方が生きている世界とは違いますから」

「そういうものですかねぇ」

「そういうものなのです」


 毅然と、諭すように言う彼女の言葉は、以前と同じく冷たいものになってしまった。

 なるほど、父親ゲバンの呪縛はそれ程までに重いみたいだな。


「申し訳ありませんが、この計画、乗る訳には参りません」

「そんなに作戦名が気に食わないなら決めて頂いても結構ですよ」

「ミケラルド殿」


 どうやら冗談も完全拒否のご様子。


「わたくしとしては、正直な話、この時間を設けて頂いた事に深く感謝しています。お父様の問題、わたくしの問題、そして……わたくしへの寛大なるご配慮。ですが、これは法王国の問題です。ミナジリ共和国の力を借りて行動を起こせば、それもまたクルスおじい様……いえ、法王陛下への反意に繋がります。これもお父様の背負ったごう。ならばわたくしも、最後までお父様に連れ添うのが道理というものです」

「そう……ですか」


 ここが引き際だろう。

 これ以上オリヴィアにお節介を焼いても、彼女に煙たがられるだけだ。


「明日お帰りになるのでしょう?」

「えぇ、そのつもりです」

「ではこちらを、受け取ってください」


 テーブルに置いたのは、先日ゲバンに贈ったものより更に小さいネックレスケース。


「まぁ、ダイヤモンドのネックレス……」

「私を篭絡しに来たのに土産の一つもないと、ゲバン殿に叱責を受けるでしょうから、今宵のせめてものお詫びにお受け取りください」

「度重なる配慮に深く感謝をいたします」


 そう言って、オリヴィエは深々と俺に頭を下げた。


「しばらくはこの茶番に付き合うつもりです。何なら、いつでも来て頂いて構いません」


 彼女にとっては、実家よりもこちらのが落ち着くのかもしれない。ただそれを肯定出来ず、俺の言葉も否定出来ず、オリヴィエはただただ沈黙と礼を以て、俺をもう一つの窓から見送ったのだった。

 迎賓館から出た俺は、外で待っていた三人、、と合流した。


「強い娘だな」

「リィたん、聞いてたの? あ、ラジーンを使ったね?」

「うむ、【ビジョン】で音声だけこちらに飛ばしてもらった」


 【テレフォン】にはマイクオフ機能がないし、それが正解か。不測の事態によるリィたん側からの音を防ぐために【ビジョン】の選択。こんな周到な入れ知恵したのは――、


「てことはナタリーも?」


 ちらりとナタリーを見る。


「当然でしょ。ミックがお姫様に何するかわからないんだから。いつでもジェイルさんを動かす準備はあったんだから」


 今宵のナタリーも、ミナジリ最強説に拍車をかけていらっしゃる。


「どうするつもりだ、ミック?」

「ジェイルさん」

「回りくどいのは嫌いだが、事が事なだけに動きづらいな」

「うーん、まぁ保留ですよね」

「保留か」

「今はミナジリ共和国に出来る事をするだけですよ」

「と言うと?」

「【魔界】に行きます」

「「っ!」」


 三人の顔に驚きはなかった。

 ただ、遂に行くと決めた俺を見て、覚悟を新たにしたように見えた。


「ミナジリ共和国は竜騎士団と暗部、それにフェンリルワンリル雷龍シュリがいるから大丈夫だし、まずは資源調査って名目で、久しぶりに四人で動こうか」

「まっかせて! ミックは私がいないとダメなんだからっ!」


 嬉しそうなナタリーも、


「ミックに造ってもらった新しい剣を使う時が来たようだな」


 嬉しそうなジェイルも、


「ふっ、腕が鳴るな」


 嬉しそうなリィたんも、


「チームミナジリ、魔界への大冒険だねっ!」


 そして、何より嬉しそうな俺自身も。

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