◆その717 大暴走6

「魔力を出し惜しんでいる場合ではない、か。流石は剣神と称される男だ。判断が早い」


 魔人の言葉通り、イヅナは攻め続ける事を選んだ。

 たった一度の攻防。それがイヅナに魔人の圧倒的な強さを認識させたのだ。


「鬼っ子」

「……何だよ? 手を出すなとでも言いたげだな」

「その通りだ」


 イヅナの言葉に、オベイルがピクリと反応する。

 しかし、それをさせないだけの圧力が、今のイヅナにはあった。


(こんなマジな爺は初めてかもな……)


 オベイルは怒りの言葉を呑み込み、エメリーの首根っこを掴んで後退した。


「わ、わ! ちょっと、オベイルさん!」

「あの剣神イヅナが滅多に言わない我儘を言ってんだ。下がる他ねぇだろうが」


 オベイルの背を見送った魔人がイヅナに言う。


「勇者レックスが率いた【聖なる翼】。その切り込み隊長殿が相手とならば、私も我儘を通したくなるというものだ」

「そうか、やはりお前も剣士か」

「ふん、既に目的は達していると言ってもいい。少々遊戯に興じたところで何の問題もないという事だ」


 剣を構える魔人と、納刀して腰を落とすイヅナ。


「抜かないのか」

「抜き身は危なっかしくてな」

「抜刀術か……面白い!」


 言いながら魔力を放出し、それを剣に込める魔人。

 対し、イヅナはただ静寂を守っていた。

 目を瞑り、自身の心音さえノイズと思える集中。

 開眼と同時、魔人が攻撃を仕掛ける。


「フンッ!」


 魔人の上段。イヅナは剣の根っこを叩き、その軌道をずらす。

 中段、しゃがんでかわし魔人の足下を狙う。

 中段から強引に剣を落とした魔人が、イヅナの剣を打ち落とす。

 くるりと真横に回転したイヅナが、引きながらも魔人の首を狙う。これに対し、魔人は肩を上げ、イヅナの剣を鎧で弾いた。

 同時に、刺突攻撃でイヅナの喉元を狙うも、彼はそれを向かい入れるように頭を前に差し出し、魔人の剣を掻い潜り、前方へ回転しながら上段を放つ。

 右側に身体を反らした魔人、小円の動きで反転し、イヅナに裏拳を放つ。

 裏拳に頬を掠めた直後、イヅナの剣は大地を叩き、それを反射させ下段から魔人に攻撃を放った。

 魔人がこれを跳躍でかわし、イヅナから距離をとる。

 一瞬に起きた無数の攻防。この両者の動きを追えたのは、オベイルとエメリーだけだった。


「凄ぇ……」

「凄い……」


 目を丸くさせた二人とは別に、ラッツやアリス、レミリアたちには戦闘開始直後からその場を動いていないかのように見えた。個々差はあれど、視界に捉える事さえ出来なかったのだ。

 レミリアは口から血を流すイヅナと、はらりと落ちた魔人の髪の毛を見て気付く。


(一体今……どんな攻防が……!?)


 己の無力を恥じる以上に、その目は剣のいただきという最強に奪われていた。

 斬撃を肩で受けた魔人は、その部分を手で払い言う。


「凄まじいな。剣という魔に憑りつかれ、一介の人間がこの高みまで剣を昇華させたか。驚嘆と言う他ないな」

「ふん、時間だけはあったからな」

「なるほど、冒険者ギルドが認めるところのSSSトリプル。しかし、どうやらお前はその枠を外れたようだ。確か、人間はどう言っていたか……?」

Z区分ゼットくぶん……」

「そうだった……まぁそんな事はどうでもいい。所詮は人間の物差しで測れぬというだけ。貴様のその威は、私に届くものではない」

「「それはどうかな?」」

「なっ!?」


 魔人の耳が拾ったのは二つの声。

 一つは正面でニヤリと笑うイヅナ。

 しかし、もう一つは魔人の背から聞こえたのだ。

 この戦場で魔人の魔力網を掻い潜り、一瞬で背後をとれる者はいない。

 魔人もそう思っていた。

 だが、北の戦場にはいたのだ。

 剣のいただきと称される剣神イヅナが、追い求め、焦がれ、憎み続けたミケラルド・オード・ミナジリの剣の師。


「竜剣、稲妻!」


 最速の一刀を放つ――勇者殺しジェイル。

 魔人は辛うじて剣で受けたものの、その体勢は崩れてしまう。

 これを見逃すイヅナではない。


「神剣! 嵐壊らんかい!」

「くっ!?」


 魔人の肩口から鮮血が噴き出る。

 これを押さえ、魔人がジェイルを睨む。


「リザードマン、ジェイル。まさか貴様がここに来ようとはな」

「北のモンスターは雑魚が多いからな。ミックがお前の魔力を嗅ぎつけ私に連絡をよこしただけの事」

「ミケラルドが私の接近に気付いていたと?」


 言いながら魔人の肩が回復していく。


「ほぉ、やはり光魔法【ヒール】で回復するのか。何故人間のお前が魔族にくみする?」

「ほざけ。その言葉、そっくりそのままお前に返してやろう」


 魔人が言うと、ジェイルは少しだけ考えてから言った。


「確かにそうかもしれないな」


 そう言うと、ジェイルはイヅナに視線を向けた。


「精進しているようだな」

「上って登って昇って、どれだけ這い上がろうと、先が見えぬのがこの世界だ」

「そう、続ける事に意味がある」

「私に剣の講釈を垂れるつもりか?」

「今はまだ、その立場にあると思うが?」

「今はまだ、か?」

「無論、抜かせるつもりはないがな」


 イヅナが剣を抜き、ジェイルが腰を落とす。


「ミケラルドなしのお前らが私に勝てると?」


 そう言うも、二人は示し合わず、ただ、おのが言葉を魔人に言った。


「「お前なんぞ、我らで十分だ」」


 そう言ってから、顔を見合わせ、背ける剣士二人だった。

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