◆その713 大暴走2

 ずらりと並ぶ聖騎士団。

 中央にはライゼン学校長兼聖騎士団長、副団長で法王クルスの娘クリス。聖騎士団、総勢にして二千。

 それが、法王国における最強の手札と言えた。

 後方には聖騎士学校の一年生がおり、その前には騎士団のストラッグがいた。騎士団こそ五千の数がいるが、戦力としては二年生とそう変わらない実力である。

 そんな彼らが遠くを見つめると共に、気になる事があった。

 右を向けば雷龍シュガリオン、左を向けば水龍リバイアタン。

 そう、彼らは二人の龍族によって囲まれ、緊張以上の畏怖を抱いていたのだ。

 後方のストラッグが固唾を呑んで二人の背を見守る。


(……むぅ、まさか人界に龍族の加護が訪れるとは、やはりこれはミケラルド殿の人徳の成せるわざか……)


 前方では、ライゼンがクリスと話す。


「ふむ、何事も起きなければいいのだが、お二人の顔を見るに、そうもいかんのだろうな」

「えぇ、絶対的な強者と呼べるお二人のあの様子……ただ事ではありません」


 二人の視線の先、雷龍シュリがリィたんに問う。


「リィたん、大暴走スタンピードの経験は?」

「ない……だが、この数のモンスターは初めてだ」

「ほぉ、あれから研鑽に研鑽を重ねたようだな。この距離のモンスターの魔力を捉えるか」

大暴走スタンピードとはどんなものだ」

「正に大暴走よ。ただ真っ直ぐに目的地に向かい、障害を除き、蹂躙し、破壊し通った後には何も残らぬ。我も過去に一度だけ経験はあるが、余り思い出したくない結果となったな」

「どういう事だ?」

「この我でさえ、数の暴力というものが、恐ろしくなった程だ」

「……なるほど」

「あれから私も強くなった。しかし、それでも……終わりなきモンスターの大群を止められるかは――っ!」


 雷龍シュリが目を見開く。

 遅れてリィたんが気付き、静かに零す。


「……来たな」


 遠目に見える黒い一本線。

 地平線と空の間の蠢く漆黒が、少しずつ、少しずつ濃く、太くなっていく。

 ハルバードを強く握ったリィたんが、緊張を露わにする。


「これ程か……!」

「リィたん、大暴走スタンピードはかつてこうも呼ばれていた……百万の絶望と」

「なっ!? 百万だと!?」

「後ろにすり抜けたモンスターの事は気にするな。我らはここで奴らをふるい、、、にかけるしかないのだ」


 龍族をして、全てを刈り切れぬ無数のモンスターたち。

 それを目の当たりにした聖騎士団から、悲鳴のような動揺が生まれる。


「嘘だろ……?」


 それは、天に願うような問いかけ。


「あんな数……勝てる訳がない」


 現実から目を背ける断念。


「う、うぅ……」


 ただ震え、恐怖に抗う事すら出来ない絶望。

 そんな聖騎士団を見、ライゼンとクリスが焦りを見せる。


(やはり私では束ねきれぬか……!)

(これでは、戦闘で戦力を発揮出来ず無駄死にしてしまいます)


 聖騎士団の士気、今この状況でこれを上げる術を持つ者はいない。だが、それは聖騎士団にいないだけであり、彼らの信頼する存在がいないという訳ではなかった。


かぁっ!」


 まるで電撃のように、背後から聞こえた叱責と激励の声。

 聖騎士団の間を通る屈強の男。

 ざわつく聖騎士たち。振り向くライゼンとクリス。

 その身にまとう鎧、小手、兜、剣はミケラルド商店オリジナルの特注品。

 鎧の背に刻まれる『ミケラルド商店 オリハルコン武具のオーダー始めました!』の文字。

 引き抜かれるオリハルコンの剣。

 ライゼン、クリスの間に立つ、ひと際大きな男。


「ライゼン先生、クリス殿、微力ながらお手伝いに参りました」

「お、お前は……!」

オルグ、、、殿!」


 聖騎士団元聖騎士団長オルグ。

 彼がここに来た理由はただ一つ。


「復職したのか?」


 ライゼンが聞く。


「いえ、私は警備部に配属された、ただの牢番です」

「では何故……?」

「法王国の警備部門に巨額の寄付がありましてな。ミケラルド商店から聖騎士団にこれをアプローチしたいと」

「つまり、新商品の宣伝をして欲しいと?」

「そういう事です」

「それが、その鎧だと?」

「あのエメラという御仁、つつましく母性溢れる笑みをしていたというのに、何故かあの笑みの裏に隠された力を疑ってしまう……いやはや、伏魔殿ふくまでんとはミケラルド商店の事を言うのかもしれませんね」


 そう言ったところで、牢番オルグが眼前に見える膨大な数のモンスターを見据え、剣を掲げた。


「聖騎士団よ!」

「「っ!?」」


 それは、かつてオルグが成し得なかった聖騎士団の統一。

 副団長シギュンが捕まり、団長のオルグも聖騎士団から退いた。

 しかし、それでも尚、神聖騎士オルグの名は聖騎士団の中で絶対と言えた。シギュンという光に埋もれつつも、そのカリスマは絶対。それを今、牢番オルグとして初めて体現したのだ。


「皆の者、何を恐れる事があろうか! 我が隣には苦楽を乗り越えた仲間がいる! 何を恐れる事があろうか! 我が背にはおのが命を賭して守らねばならぬ家族がいる!」


 牢番オルグの声が法王国の西に轟く。

 太く、雄大な声は聖騎士団、騎士団の胸を叩く。


「何を恐れる事があろうか! 我が心は常に勇者と共にある! 何を恐れる事があろうか! 我が両翼には水龍と雷龍の加護がある! 足を踏み鳴らせ、檄を入れろ!」


 足が大地を鳴らす。

 示し合わせた訳ではない。しかし、一糸乱れず足は揃ったのだ。


「伝説と共に歩み、駆ける我らが今、新たな伝説となる! 今一度言おう! 何を恐れる事があろうか! ここは我が地、我らが故郷である! 侵略者に死を! 故郷を荒らす野蛮なモンスターに鉄槌を!! 聖騎士団――!!」


 直後、皆の息がピタリと合う。


「――法王国のために!!」

「「法王国のために!! ウォオオオオオオオオオオオオッッ!!」」


 鬨の声はあがった。

 腹の底から、身体の芯からあがった声に雷龍シュリとリィたんがニヤリと笑う。


「ふふふ、のせるのが上手い人間もいたものだ」

「のせられてやろうじゃないか。何せ我らは伝説だからな」


 かくして、法王国西の戦闘の火蓋ひぶたが切られたのだった。

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