◆その712 大暴走1

 ◇◆◇ 法王国 東郊外 ◆◇◆


「ふん! おらぁ!」


 巨大な大剣バスタードソードを振り回す男――剣鬼オベイル。千切れ飛ぶモンスターの腕が、宙を舞い、炎龍ロイスの方へと向かう。


「あーん、なのだ!」


 パクリとそれを一呑みした炎龍ロイスに、顔をヒクつかせるオベイル。


「美味くねぇだろ、そんなもん」

「お菓子よりまずいのだ……」

「食ってから後悔すんじゃ、ねぇよ!」


 とどめの一撃を放ち、モンスターの首を刈り飛ばす。

 ピタリと止まり、残心。その剣先の上にトンと乗る男――剣神イヅナ。


「何やってんだよ、爺」


 そう聞くも、イヅナは剣先の高い位置から遠く見つめるばかり。

 仕方なしとオベイルは剣を高く持ち上げる。


「おらよ」

「……うーむ、このようなところまでランクSモンスターがやって来るのは異常な事だ。何か起こったやもしれんな」

「やっぱ冒険者ギルドに報告した方がいいかよ」

「ふむ、それが賢明やもしれんな……ん?」


 剣先の上でイヅナが反転し、ホーリーキャッスルの方を見る。

 そこへやって来たのは――――、


「あれは……」

「あん? 何でミックが聖騎士学校の生徒を引き連れてるんだ?」


 そう、オベイル邸へやって来たのは選抜メンバーを引き連れたミケラルドだった。その顔にはいつもの剽軽さがなく、ただ事ではないと感じ取ったイヅナとオベイルが顔を見合わせる。

 オベイルたちの家へやって来たミケラルドは、外にあるモンスターの死体を見て言う。


「……ゴブリンチャンピオンですか」

「あぁ、単独で現れやがった。それより何があった?」

大暴走スタンピードです」

「「っ!?」」


 二人は驚き、顔を見合わせる。

 それからミケラルドは、これまでの経緯を二人に説明した。


「なるほどな、敵が一枚上手だったか」


 顎を揉み、イヅナが生徒たちを見る。


「ボン、ここをデッドラインとしたか」


 頷くミケラルド。


「あぁ? そりゃどういうこってぇ?」


 オベイルが聞くと、ミケラルドは言った。


「東郊外の外れ。ここが法王国に登録している住所の中で一番法王国から離れた地点です」

「そりゃ炎龍ロイスを置くからな」

「つまり、ここを守れば法王国に被害は出ないという事です」

「おいミック、そりゃ無茶だぜ。たとえここを守ったとしても、北や南、西はどうするんだ?」

「えぇ、なので東に振り分けられる戦力はこれが限界です」

「いくらなんでも多勢に無勢だぜ。空を飛ぶモンスターもいるし、たとえ爺でも一度に抱えられるモンスターは五匹が限界だ。ガキ共には二匹抱えられるかどうか。その間をすり抜けられたら――」


 オベイルの肩に手を載せ、その言葉を止めたのはイヅナだった。


「そんな事はボンにもわかっている。だが、やるしかないという事だろう?」

「……その通りです。ここが少数精鋭なのはディノ大森林のモンスターは、木龍クリューが止めてくれるからです」

「ほぉ」


 イヅナが得心を顔に浮かべ、オベイルに視線をやる。

 するとオベイルは、壁に掛けた世界地図を指差し言った。


「だとすると、東、北東から波状的に来るモンスターが厄介だな。知らず知らずにここを抜かれている可能性がある」

「細かいモンスターたちは、騎士団が何とかしてくれます」

うえは?」

「パーシバルとグラムスを呼んでます」

「あのツルツル爺とガキんちょか。場合によっては炎龍ロイスに動いてもらって……ふん。まぁ、何とかなるんじゃねぇか? アリスの聖加護があればやりやすいしな」


 ちらりとアリスに視線を向けるオベイル。


「が、頑張ります!」


 緊張の面持ちでそう言うも、ミケラルドは首を横に振った。


「頑張ると成果が落ちる場合もあるんですよ」

「うぇ、そうなんですか?」

「えぇ、モンスターを前に緊張するのは仕方ないですが、適度なリラックスを忘れずに」

「わ、わかりました……」


 いつになく真面目なミケラルドを見て、アリスは口を結ぶ。

 地図の西側を指差しオベイルが聞く。


「西は?」

「聖騎士団が動きます。両サイドにリィたんと雷龍シュリ

「盤石じゃねぇか。北は?」

「クルス殿に骨を折ってもらい、ミナジリ軍を置けるよう折衝中です。まぁ、何と言われようとも置きますけど」

「はっ、こういう時、魔族国家は有利だな。ジェイルにフェンリルワンリルもいるなら、まぁいけるだろう。で、南は? あっちのモンスターはつえぇぞって……は?」


 オベイルがピタリと止まる。

 何故なら、自らを指差し、それに答えていたのがミケラルドだったからである。


「一人かよ!?」

「はははは、そんな訳ないじゃないですか。ちゃんと私兵を使いますよ」

「私兵って何だよ、私兵って」

「まぁ私の場合、一人で動いた方が守り易いってのもありますけどね」

「……確かに、お前の魔力にさらされて動けるようなヤツのが稀だしな」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 手をヒラヒラさせたミケラルドが扉に向かう。


「換えの武具は外に置いておきます。傷んだら好きに使ってください」


 そう言いながら出て行くミケラルド。

 外で宙にふわりと浮かび上がった。

 ミケラルドを止める三人の乙女――、


「「ミケラルドさんっ!」」


 アリス、エメリー、メアリィ。


 ミケラルドが振り向くと、


「ミケラルドさんも……リラックスですからね!」


 アリスが心配そうに言い、


「こっちが終わったら応援に行きますっ!」


 エメリーが笑って言い、


「ご武運を……」


 メアリィは祈るように言った。

 くすりと笑ったミケラルドは、三人の乙女に、生徒たちに手を振り、南の空へと向かうのだった。

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