◆その702 性質の悪い野郎

 二階層から三階層への転移装置の前、盛大にくしゃみをする男が一人いた。


「あぁ~、今のはアーダインだな。絶対そうだ、そうに違いない」


 性質たちの悪い野郎ことミケラルド・オード・ミナジリは、転移装置に乗ると共に、三階層へと消えていく。


 ◇◆◇ 第三階層 ◆◇◆


 転移完了と同時、ミケラルドは目を見開く。


「んな!?」


 ミケラルドが転移した先は真っ暗な闇。

 しかし、自身が降下している事は理解出来た。


「環境試練型か」


 エアリアルフェザーと共にライトの魔法を発動したミケラルド。

 そこは天井も、床も見えない縦穴が続いていた。

 岩肌に壁には違和感はなく、仕方ないと判断したミケラルドは、徐々に降下して行く。


「脳筋パーティだとしたら結構厳しいな……にしてもこれ、どこまで続いてるんだ?」


 深く、深く、底の見えない果てしなき闇。

 十分、二十分と降下するも、ミケラルドはその底を捉える事は出来なかった。


 ◇◆◇ 法王国 ホーリーキャッスル内 ◆◇◆


 ミケラルドがダンジョンに潜る前日の事。

 オリハルコンの壁に包まれた牢獄。

 その壁に額をぶつける女――元聖騎士団兼元刻の番人【クイン】。

 何度も壁に額を打ち付け、流れる赤き血。

 しかし、その血はすぐに止まる。

 オリハルコンの牢獄の中に、囚人を回復するマジックスクロールが貼ってあるからだ。自分を傷つける事も出来ないクインだが、それでも何かをしていなければ気がどうにかなってしまう。

 ただひたすら額を、顔を、強固な壁に打ち付ける。


「うぅ……うぅ……」


 地面に垂れる血と涎。

 牢番はそれに見向きもせず、冷たい視線をクインに向けている。

 牢番は開口を許されていない。法王クルスの王命によって、選ばれた者のみがその任に就き、囚人と話す事などもっての他なのだ。


「ふー……ふー……」


 そんなクインが一瞬ピタリと止まる。

 牢番がクインに視線を向けるも、彼女に大きな変化は見られなかった。しかし、牢番は気づかなかった。いや、気づけなかったのだ。

 クインの視線が壁奥へ向いていた事に。


(……今、確かに音が……)


 それは音というより振動に近かった。

 コン、コン、コン……ノックとは違う特殊な音。

 クインは耳というより触覚でそれを知った。

 コン、コン、ココン。


(っ! これは……ときの番人の合図! しかしこれは……?)


 振動で送る信号。

 微細な振動ながら、それは奥の牢獄にも届いていた。


「【シギュン】、君は本当に美しい……」


 元神聖騎士、現特殊牢番オルグとオリハルコンを隔てた女――【シギュン】。彼女も、その振動を受け、ピクリと視線を反応させる。

 コン、コン、ココン。

 その意味と意図を知ったシギュンは、にやりと笑みを浮かべる。


「あぁ! あぁ、なんて可憐なんだ、シギュン!」


 オルグの声は彼女の耳には届かない。

 シギュンはただ、その合図を感じ取っていた。


(あら、面白い事を考えるじゃない……【エレノア】)


 コン、コン、コン。

 それは、命令のように何度も何度も繰り返し鳴っていた。


(まぁ、私でなくクインが喜んでやるでしょう。さぁて、あの吸血鬼はどう動くのかしら……?)


 微笑みを浮かべるシギュンのソレは妖しく、オルグの顔を紅潮させるばかりだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「あ、明日授業だから久しぶりにシギュンでもからかいに行くか」


 ようやく闇の底に降り立ったミケラルドは、そんな独り言を呟く。


「ん?」


 底にあった一本の通路。ミケラルドがそこに目をやると、通路の奥から何かが飛んできた。


「飛んで……いや、ありゃ泳いでないか?」


 宙を泳ぐ巨大な魚影。光源魔法をそちらに向けると、そこには魚ではないものがいたのだ。


「獰猛なホオジロザメ……あれ? ここってB級映画の世界だったっけ?」


 直後、ミケラルドはぎょっとした顔つきで後退した。

 今の今までミケラルドがいた場所で、サメが大きな口をガチリと閉じていたのだ。


「はっや!? 名は……【エアシャーキング】? くそ、B級くさい名前しやがっ、て!?」


 またもエアシャーキングの噛みつき攻撃。

 その速度は異常で、ミケラルドでさえ危険を感じる程だった。


(この速度は……移動だけだ。攻撃のモーションはSSSトリプルと変わりない。……という事は?)


 エアシャーキングの噛みつき攻撃をかわし、かわし、かわす。


(前方からの攻撃に限定されてるな。なるほど、側面はあれど背後には回れないのか。おそらく、超簡易的な空間ジャンプ……視認範囲内限定の転移ってところだな。種が割れてしまえばどうという事はない)


 エアシャーキングの攻撃を見切ると、ミケラルドはすぐにその命を刈り取った。白目を剥き地面に落ちるエアシャーキング。

 手に付いた血をペロリと舐めるミケラルド。


「よーし、ミスリルゴーレムはモンスター扱いじゃなかったけど、こいつは違うみたいだ。【空間跳躍】ゲット! ……ん?」


 その後、うようよと現れるエアシャーキング。


「調査報告用と剥製用と解剖用と……まぁ、色々あるだろうし、死体集めでもしますか」


 言いながら、腕を振り回しサメの魚群に飛び込んでいくミケラルドだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る