◆その701 調査報告

 ◇◆◇ 法王国 冒険者ギルド ◆◇◆


 控えめながらも強く開かれた扉。

 冒険者ギルドの総括ギルドマスター、アーダインがギロリと睨む。

 その視線の先には二人のエルフがいた。

 一人はシェルフの大商人、バルト商会のバルト。

 その隣に立つのは、今回、ミケラルドと共にダンジョンに調査へと潜ったシェルフの姫、メアリィだった。

 鋭い視線を浴びるなり、バルトが一つ咳払いした。


「失礼」


 アーダインは視線をメアリィに移す。


(……ミックのヤツ、シェルフの姫にとんでもねぇモンを造ったな。ありゃ全てオリハルコンか? ガイアスの爺が見たらぶっ倒れるんじゃないか? がしかし、メアリィがここに来たという事は――)


 アーダインはメアリィが持っていた書状に目が映る。

 丸められた書状には、水龍の封蝋。


「もらおう」


 手を差し出すアーダイン。

 本来であればギルド本部にいるはずのアーダインだが、【ミアリィ】がダンジョンに潜るこの日に限っては、報告を待つため冒険者ギルドにいたのだ。調査とは時間のかかるものだが、事ミケラルドに限って言えば、その日中に終わると彼は踏んでいたのだ。

 メアリィとバルトは一度見合って頷き、アーダインの前まで歩く。

 そして、メアリィは手に持っていた調査報告書をアーダインに渡したのだ。


「すぐに読む。かけて待っていてくれ」


 二人に着席を促したアーダインは、調査報告書を開くなり後悔したのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 調査団ミアリィの伝説


 むかしむかしあるところに、うら若き乙男おとめミケラルドと、聡明なメアリィがおりました。

 吸血鬼とエルフだった二人は、すぐに調査という名の恋に落ち、【ミアリィ】というパーティを組み、シェルフにある謎のダンジョンに潜る事にしました。


 第一階層。

 人生を体現したかのような光り輝く通路。それはミスリルという硬い鉱石で敷き詰められていました。

 眩しい鉱石の光に照らされ、振り返ると、そこにはミアリィが飛んできた転送装置がありました。

 しかし、その転送装置はアーダインという悪い魔女によって動かなくなっていました。

 震え、泣きじゃくる二人。しかし、二人は諦めません。

 歩を進める事数分。

 二人の前には入口と同じような転送装置が現れました。

 しかし、その転送装置も大魔人アーダインによって動かなくなっていたのです。困った二人は二つの転送装置を行ったり来たり。たくさん調べましたが、こたえは出ませんでした。

 しかし、二人はそれでも諦めません。

 精神崩壊寸前だったミケラルドが壁に頭をぶつけていると、あら不思議。ミスリルの壁が音を立てて崩れていくのです。

 なんと、そこには隠し部屋がありました。

 アーダインのイケナイ秘密を探るべく、二人は意を決して隠し部屋に入り、そこで見つけた妖しい木の像に魔力を込めたのです。

 メアリィ十人分程の魔力をそこへ注ぎ込むと、壊れたミスリルの壁が集まり始めました。

 しばらくすると、そこにはミスリルアーダインがいたのです。二人は武器をとり、親の仇であるかのようにアーダインをこらしめました。

 すると、入口とは反対側の転送装置が起動したのです。

 喜び、微笑み合う二人。

 天使のような美声を響かせ、歌い、踊りながら二人は次の階層へと降りました。


 第二階層。

 鉱石の世界とはうってかわり、そこは一面のジャングル。

 ジャングルには様々なモンスターがおり、紆余曲折あって二人は二つの転送装置を見つけたのでした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……………………」


 渋い顔をするアーダイン。

 すると、応接席から声があった。


「メアリィ様、そろそろ五分です」

「そうですね。アーダイン殿、ミケラルドさんからの伝言です」

「あぁっ?」


 文面から苛立ちを感じていたアーダインの声は、メアリィを一瞬ビクつかせた。


「ひゃっ!」

「あ……あぁ、すまん。で、あのバカは何だって?」

「えっとアーダイン殿に報告書を渡して五分経ったら言って欲しいと言われて……『二枚目をよく見てください』との事です」


 口の中いっぱいの苦虫を噛みつぶしたような顔をしたアーダイン。その顔を見て、メアリィはまたビクりと反応する。

 しかし、メアリィに罪はなかった。皆無だった。

 アーダインは後にミケラルドを殴る事を決意し、今ある怒りを深い溜め息と共に吐き出した。

 そして、釈然としないまま調査報告書の二枚目を確認したのだった。


「なるほどな。SSダブルのボス、アンセスターヒドラが雑魚として出て来るようじゃSSSトリプル相当のダンジョンと判断して間違いないようだな。で、肝心のミケラルドは?」


 すると、またバルトが言った。


「メアリィ様、そろそろ十分です」

「そうですね。アーダイン殿、ミケラルドさんから第二の伝言です」


 頭を抱えるアーダイン。


「まともな報告は出来ねぇのか、あのバカは……」


 そう呟くも、それをぶつける相手はここにいなかった。


「くそ……あの大バカは何だって?」

「えと……『行ってきまーす』って……」


 それを聞き、立ち上がるアーダイン。

 ビクりとしたメアリィだったが、アーダインが見たのはバルトだった。


「……説明しろ」

「ミ、ミケラルド殿はメアリィ様と共に戻った後、一人でダンジョンに侵入しました」

「……ヤツには珍しい。ギルドに歯向かうようなヤツじゃない」

「えぇ、ですので今回の調査の抜け道を使ったと」

「あ?」

「今回の調査目的は、メアリィ様とミケラルド殿でダンジョンに潜り、その詳細な報告を持ち帰る事。事実、お二人はダンジョンに潜り、その報告を持ち帰った。そこでミケラルド殿はご自分の都合のいい解釈をされたようで」

「まさか『まだ詳細とは言えねぇから調査と報告の役割を分担した』なんて言うんじゃねぇだろうな?」

「まぁ、それもあるかもしれません……」


 言い切りこそするものの、歯切れの悪そうなバルト。


「誰も聞いてない、言え」

「……――かかったと」

「あ?」

「の、呪いにかかった可能性があると仰っておりました……」


 バルトの目は泳ぎ、自分でも何を言っているのかわからないという様子だった。このままでは埒があかないと判断したアーダインがメアリィを見る。

 メアリィは、それを予期していたのか一枚の紙を開き、コホンと咳払いをしてから言った。


「『うぉ!? 報告書をメアリィさんに渡して伝言をお願いした直後に謎の力が!? ま、まずい、ダンジョンに引きずり込まれる! これはもしやダンジョンの呪い!? 調査報告もしなくちゃいけないのに、まだ潜らせるというのか! 幸いにしてメアリィさんにはこの呪いは及んでいないようだ! がしかし、うぅ! 流石は未知のダンジョン! どんな言い訳だって通ってしまう! なんたって謎だから! くっ! 引きずり込まれる! 引きずり込まれちゃうぅううう!!』」


 淡々とそのメモ書きを読んだメアリィと、顔を覆うミスリルゴーレム。

 そしてアーダインは盛大な溜め息を吐いてから言った。


「なんて性質たちの悪い野郎のろいだ……」

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