その696 シェルフの未来

「あっ!」


 弾かれるメアリィの腕。

【反射の円盾】があろうとも、持ち手の注意が甘ければ当然それは弾かれてしまうのだ。


「ダメです。攻撃を受ける時は必ず正面から。それが難しくとも腰は入れてください。足で大地を掴むイメージです。もう一度」

「は、はい!」


 俺の分裂体が今一度メアリィに襲いかかる。

 大抵のモンスターはメアリィの魔力を捉え、格下だと判断する。当然、動きに工夫を入れてくる存在は少ない。だが――、


「下から!?」


 上段、正面とフェイントを入れた後、腰が入らない地面スレスレの下段からの攻撃。


「そこで跳ぶ!」

「え? あ、はい!」


 メアリィが跳ぶ事で下段攻撃の威力を下げる。

 壁に向かって吹き飛ばされるメアリィだが、この時点でダメージはほぼない。だが、何の対策もなしにこのまま壁にぶつかれば、その被害は甚大となる。


「次、壁に向かって盾!」

「っ!」


 壁に直撃するも、それは盾越しに、、、、である。


「うぅ……」

「衝撃が身体に残るのは体内への魔力循環が甘いからです。もう一度」


 俺はメアリィに回復を施しながらそう言った。


「はいっ!」


 工房では人払いこそしたが、冒険者ギルドの修練場ではそうはいかない。周囲にはエルフの冒険者が固唾を呑んでその状況を見守っている。

 シェルフギルドマスターのリンダも、メアリィを見守る事しか出来ないのだ。

 吹き飛ばされるメアリィ。叩き落とされるメアリィ。時には目に涙を浮かべながらもその苦痛に耐えている。

 バルトも、ディーンも、アイリスもこれを止めない。

 メアリィの目が、心がそれを諦めていないから。


「いい目です」

「もう一度! お願いします!」

「でも、意気込みだけでSSSトリプルダンジョンの調査は出来ませんよ!」

「はい!」


 反復反復、また反復。

 何故ここまでしてメアリィを叩くのか。

 それは、調査パーティをパーティとして帰還させるためである。これはどういう事かというと、SSSトリプルダンジョンが完全なる未知という点にある。

 冒険者ギルドの古臭い規定によれば、ランクAパーティを調査に向けるという事になっている。

 しかし、今回の調査は、その規定通りでは困る。アーダインの望むところではないのだ。可能な限り生きて帰るランクのパーティが望ましい訳だ。

 それが、俺、イヅナ、オベイルのパーティだろう。

 だが、龍族の機転が幸か不幸かそれを不可能にしてしまった。だからこそ、俺とメアリィは強引な臨時パーティを組んだ。

 SSSトリプルダンジョンの未知。

 モンスターを発見し、「あぁ、これはSSSトリプル相当のダンジョンだ。急いでギルドに報告に戻ろう」となった時、帰りの道は本当にあるのか。重要なのはここなのだ。皆が危惧し、俺が危惧しているのはそこなのだ。これまで通り、帰れるとは限らないのだ。

 俺がメアリィを叩く理由、メアリィが諦めない理由、ディーンやアイリスが俺を止めない理由は、全てメアリィというシェルフの未来を失わないためなのだ。


「数、増えますよ」

「は、はい! プロテクション!」


 分裂体が二体に増える。

 メアリィはそれと同時に増えた分裂体に向かって光の障壁をつくった。これにより、分裂体は障壁破壊に行動を費やす事になる。

 もう一体との時間差をわざと作る事により、メアリィは一瞬の行動を一体の分裂体に注ぐ事が出来た。


「やぁ!」


 教科書通り、分裂体の攻撃を正面から受け止めて、障壁を壊した分裂体の追撃をまた堪える。

 地面に向かって叩きつけられたメアリィだったが、教えた通りその衝突を盾で防ぐ事が出来たようだ。


「ぐぅ……!」


 苦痛に歪むメアリィの顔。

 だが、分裂体が二体にもなると、休憩の余裕はない。

 更に攻撃が続く。

 パチンコ玉のように打ち上げられ、弾かれ、地面にぶつかり、壁にぶつかり、血反吐を吐くも止める手はなく。


「余剰分の魔力を出し渋ってる暇はありませんよ! ご自身の回復はご自身で! ガードアップは使いましたか? 私への支援要請テレパシーは!? 何もかも遅過ぎです!」

「は……はい!」


 既に、俺がメアリィを回復する事はなくなっていた。

 ここで俺が回復してしまっては彼女のためにならない。


「貴方がそんなんじゃ、シェルフの未来なんてたかが知れてますね!」

「もう一度……もう一度お願いします!」

「三体です」


 そこから先は、メアリィにとって地獄だっただろう。

 ランクBになったばかりのメアリィが、SSSトリプル相当の俺の分裂体を三体相手にとる。土台無理な話なのだ。

 完全なる玩具。そう形容する他なかった。

【反射の丸盾】を使いこなす事でしか、メアリィは存在を許されなかった。

 ……最早もはや、腕の感覚はないだろう。腕から肩、肩から背中へと感覚がなくなっていく。それでもメアリィは盾を放さなかった。


「……凄いな」


 俺がそう零した時、メアリィは驚くべき行動を取った。

 弾き飛ばされ続ける中、【光の短杖】を掲げたのだ。

 既に身体は満身創痍。回復が間に合わず、骨が折れている箇所もあるだろう。

 だが、それでもメアリィは攻撃に移った。

 単発のフォトンビットレーザー。

 攻撃? いや、違う。メアリィはソレを……分裂体ではなく、俺に向けたのだ。

 頬を掠めるレーザーを受け、俺はメアリィの意図を知る。


「なるほど、面白い支援要請ですね……」


 俺はくすりと笑い、メアリィも苦痛の中くすりと笑ったのだった。


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