◆その685 さぷら〜いず

 首飾りを引きちぎったミケラルドの周囲に大きな魔力が展開される。これを見た雷龍シュガリオンが驚きを見せる。


「アーティファクトか! がしかし、この魔力は……!?」


 これまでミケラルドと対峙し、互角を演じて来た雷龍シュガリオンは知っている。この魔力は異常であると。

 ミケラルドの魔力は雷龍シュガリオンとほぼ同等。しかし、首飾りから発した魔力は明らかにソレを凌駕していたのだ。

 ニヤリと笑うミケラルドが、首飾りを強く握る。それと共に魔力がミケラルドに向かって収束していく。


「マナポーションじゃ回復追いつかないからね。これが一番早いし、貴方も手が出せないでしょう?」


 その言葉通り、雷龍シュガリオンの足は止まっていた。

 動く事は出来る。しかし、圧倒的にまで開いてしまった魔力がそれを阻んだのだ。


「ここからは単純な算数のお話」


 完全に回復したミケラルドの魔力。沈黙が支配する空間で動けるのはミケラルドただ一人。


「ハッ!」


 一足跳びに、雷龍シュガリオンに向かったミケラルドが叫ぶ。


「竜爪! 刹那の輪唱!」


 振りかぶられた右の拳。雷龍シュガリオンはこれをかわすも、遅れて出た左の拳がその頬を掠める。


「くっ!?」


 だが、ミケラルドの攻撃は終わらなかった。

 左の拳の後ろに、既にかわしたはずの右拳があったのだ。


「ゴァ!?」


 頭部に振り落とされた右拳の後ろを、左拳が追いかける。

 顎を打ち抜かれた雷龍シュガリオン。その衝撃のまま反転し着地をするも、脳に届いたダメージは健在だった。

 ブルルと顔を振り、ミケラルドを睨むも、既にそこにミケラルドはいない。


「竜爪!」


 背後から聞こえたその言葉に、雷龍シュガリオンが振り向く。

 しかし、それはミケラルドの罠だった。


「嘘です」


 ミケラルドが雷龍シュガリオンの背後に回った時、「竜爪」と言われればその攻撃範囲はある程度予測がつく。

 しかし、これが蹴り技だとしたら話は別だ。

 雷龍シュガリオンが見た先にミケラルドの拳はなく、頭すらなかった。

 ミケラルドは言葉巧みに技の名を挙げる事で、雷龍シュガリオンの視線を誘導した。払われた足は、警戒出来なかった眼下。

 その蹴りは雷龍シュガリオンの右前脚を確実に捉え、顔を歪ませた。


「グォ!?」

「軸足頂き!」

「な、嘗めるな、ガキィ!」


 次に放たれたのは雷龍シュガリオンのブレス。

 ミケラルドはこれを身体をひねってかわし、サイコキネシスの障壁を足場として使い距離を取る。

 そこへ、雷龍シュガリオンの顔が向き、ブレスが追いついてくる。


「ブレス勝負とか大怪獣決戦の醍醐味だいごみじゃん! すぅううう~~……ガァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 大きく息を吸ったミケラルドが、巨大なブレスを吐く。

 これを見、呆れる顔多数。


「おいおい、最近の吸血鬼ってのはブレスも吐くのか?」


 剣鬼オベイル、


「あれではエメリーの参考にならんだろうに」


 剣神イヅナ、


「あ、あれは流石に真似出来ないですよね……? それともレックスさんは使えたんですか?」


 勇者エメリー、


「か、カッコイイのだぁ!!」


 炎龍ロイス


「ナタリーさん、あれは【聖加護】の対象では?」


 聖女アリス、


「で、出来れば大目に見て欲しいな……ははは」


 そしてナタリー。


 ぶつかり合う巨大なブレス。

 紫電しでん黒雷こくらい入り混じる禍々しい魔力が大地を溶かす。

 ブレスの衝突と同時、雷龍シュガリオンの顔に焦りが見えた。


(くっ、咄嗟の怒りにブレスを……! がしかし、やはりあのアーティファクト!)


 雷龍シュガリオンが睨むその先。

 ミケラルドは未だその首飾りを持っていたのだ。


(こちらの魔力はもうほぼないに等しい。しかし、ミケラルドの魔力が……減っていないだと!?)


 雷龍シュガリオンの推察は正しかった。

 事実、ミケラルドの魔力は一切減っていなかったのだから。


(あのアーティファクトから常時魔力を補給している……一体何だアレは!? アレは既にミケラルドの残り少ない魔力を回復させた後! だが、まだアレにそれだけの魔力が残っているというのかっ!? 本人以上の魔力を封じ込められるアーティファクトなぞ聞いた事がない! いや、アレはまさか――っ!!)


 直後、ミケラルドのブレスが更に増大した。

 黒雷が紫電を呑み込み、バチンという大きな音と共に、雷龍シュガリオンのブレスが消える。

 空へと逃れた雷龍シュガリオンを追い、ミケラルドが飛び上がる。

 勝負は既に付いていた。

 ブレスが掻き消えた事で、雷龍シュガリオンの魔力は最早もはや風前の灯火だった。対し、ミケラルドの魔力は最大を維持している。

 多くの魔法や特殊能力、固有能力を使い魔力を消費する自身の弱点。それを補う準備をしていたミケラルドは、常に最大の力を使い、雷龍シュガリオンを攻撃した。

 決して誰にも膝を突かなかったその自信の意地だけが、雷龍シュガリオンに負けを認めさせなかった。

 口では語れぬ己の敗北。ミケラルドもそれを理解していた。

 ボロボロの雷龍シュガリオンに向かい、とどめ放つ。


「竜爪! 六徳りっとくの嵐っ!!」


 口で語れぬならば、勝負を決めるのはその拳である。

 嵐の如き拳の弾幕を受けた雷龍シュガリオンは、最後まで己の意地を通し、失神するまでその拳を受け続けたのだった。

 大地に叩き落とされた雷龍シュガリオンと、ふわりと降り立ったミケラルド。

 皆に晴れやかな笑みを見せたミケラルドが二本の指を立てる。


「ぶい!」


 そんな、控えめな勝利宣言と共に。

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