◆その684 本気対本気2

「痛っ!? 尻尾は卑怯だろ!」

「ぬかせ! 一度の攻撃の中にどれだけの策を仕掛けるつもりだ!?」

「クリーンヒットが決まるまでだよ!」


 右へ左へ、空へ昇った次の瞬間には大地が穿たれ砂と化す。

 人知の及ばぬこの戦いを前に炎龍ロイスが唸る。


「く、くく……! 速いのだ! もうちょっとゆっくり動くのだっ!」


 この戦いを見ようと精一杯目を動かす炎龍ロイスだが、彼女の実力ではそれは困難。遠目に見ているはずのアリスも食らいつこうと必死の様子である。


(今のはフェイント? だからさっきの攻撃で大振りの隙を見せた? 雷龍シュガリオンのあの攻撃を全ていなしてる? 凄い、ここにきてこれまでのプランを全て捨てた? うわ……ここで鈍器メイス? いや、違う。異なる武器を分裂体に持たせて、相手の目を攪乱するつもりなんだ……!)


 祈るように拳を握り、アリスは小さく零す。


「……凄い」


 これまで、誰もがミケラルドの本気を見た事がなかった。

 ある者は唸り、ある者は感嘆の息を漏らし、ある者は固唾を呑んで見守った。

 傷が付こうとも、その傷は瞬く間に回復し、雷撃を受けようとも、雷魔法【リチャージ】により魔力を回復させる。ミケラルドは罠を用意しなくとも雷龍シュガリオンと対等に戦えるだけの実力があった。それを皆の目の前で証明しながら、一つ、また一つと攻撃を加えていった。


「は、ハハハハッ! 素晴らしい! よくぞここまで成長した!」

「その強さ、さぞかし相手に困っただろうね」

しかり! 我は貴様の中に光明を見たのよ!」

「あんな醜態、末代までの恥だよ!」

「だが、貴様はこの高みまでやってきた! 素晴らしい、素晴らしいぞ! ミケラルド・オード・ミナジリ!!」

「しっかり名前覚えてるじゃねぇか!」

些末さまつな事よ!」


 ミケラルドの強さを肌に感じ、歓喜を露わにする雷龍シュガリオン。その身体には既に無数の傷が付けられているものの、未だ致命傷には届かない。


(外皮が硬く傷こそあるものの血は出ていない……か)


 リィたんは雷龍シュガリオンの様子を確認し、ミケラルドに視線を移す。


(この第二回戦、真の狙いは雷龍シュガリオンそのもの。ミックは一戦目を強引に勝ち、雷龍シュガリオンの口から再戦の言葉を引き出した。この勝負こそがミックの狙い。霊龍れいりゅうの意図しないこの戦いには、純粋にミックと雷龍シュガリオンの勝敗のみが重要。この勝負に勝てば、ミックは雷龍シュガリオンという絶大な力を配下とし、その血を得、自身を更に強化する事が可能……よく考えたものだな、ミック。我があるじながらなんと恐ろしい知謀か……。どうやら雷龍シュガリオンもミックの狙いに気づいているようだ。いや、この戦闘中に気付いたというのが正解か。だが、ヤツはそれを知って尚、ミックとの戦いを引く様子はない。つまり、たとえ負けたとしても、それを呑む覚悟があるという事か…………しかし、アレがミナジリ共和国に来るのかぁ……)


 ミックの狙い以上に、雷龍シュガリオンとの共生に不安を覚えるリィたんだったが、それがまだ決まった訳ではない。

 幾たびもの衝突。そんな轟音が響く中、いつまでも続きそうな決闘に動きが出た。


「く、くそっ!」


 最初に顔を曇らせたのは、ミケラルドの方だった。

 ジェイルの隣に立ったイヅナが言う。


「魔力……か」

「あぁ、ミックの武器は攻撃の多様性だ。全種の魔法、分裂体、数々の特殊能力。全てを限界まで引き出し雷龍シュガリオンと対等に戦っている。それだけに放出する魔力もまた膨大。これだけの戦闘だ、合間にマナポーションを呑むなんて事も出来ないだろう」

「呑もうにしても雷龍シュガリオンがそれをさせない、か」


 イヅナとジェイルの見解は正しかった。

 現に雷龍シュガリオンにはまだ魔力に余裕があった。

 総量だけ見れば、両者にそれほど差はない。しかし、ミケラルドの魔力消費量は雷龍シュガリオンとは比較にならなかった。


「ハハハハッ! いよいよ終わりが見えたな! がしかし残念だったな、我を従えようにも、貴様の実力が及んでおらぬわっ! カァアアアアアアッ!」


 ミケラルドの魔力残量を見切った雷龍シュガリオンが、ここぞとばかりに手数を増やす。


「くっ!? がぁあああっ!」


 雷龍シュガリオンが最後の攻めと決めた魔力放出、それはこれまで以上の膂力をミケラルドに見せつけ、吹き飛ばしたのだ。

 決戦の場に巨大な穴を開け、地面に叩きつけられたミケラルドが震えながら立ち上がる。


「く、くく……はぁはぁはぁ……」

「ふふふ、ついに超回復に当てる魔力すらもなくなったか」


 ミケラルドの頭部、口からは血が流れている。

 項垂うなだれるれるミケラルド。

 その首から下がる光に気付いたナタリーが小首を傾げる。


(あれって……私と同じ? ううん、もっと複雑な魔力を感じる。あれは一体?)


 ミケラルドからプレゼントされたオリハルコンの首飾り。

 ナタリーはそれに触れ、見るも、ミケラルドの首から下がったソレは、同じものではなかった。そして、ミケラルドをよく知るナタリーでさえも、今日この場でその存在に気付いたのだ。


(あれはきっと、今日のためにミックが作ってきた……だとしたら!)


 ナタリーが首飾りを強く握った直後、ミケラルドがニタリと笑う。


「はぁはぁはぁ……はは、いやぁ……出来れば今日使いたくはなかったんですけどねぇ」

「何?」


 首飾りに手をやったミケラルドがそれを引きちぎり、掲げる。


「さぷら~いず」


 ミケラルドがそう言った瞬間、まばゆい光が世界を覆った。

 ドーム状に広がったそれは、これまで感じた事のない、尋常なきミケラルドの魔力だった。

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