その649 一時帰宅

「うぅ……明日からまたお仕事ですぅ……」


 項垂れるネム。肩を落とす彼女はここ三日、俺に付きっ切りだった。冒険者ギルドの用事でもあるので、ネムは普段の仕事を公休扱いで、別件の仕事をしていた。仕事量は少ないが、その代わり休みは多く、普段の休日日数にも干渉しないようだ。

 喜ぶのも束の間、ネムのやり切った仕事は、仕事量こそ少ないものの、重要度の高い仕事だった。他のギルド員がこなせない事をしたのだ。後日、アーダインとディック、それにゲミッドに感謝の言葉を伝えておくのが礼儀か。


「じゃあネム、気を付けて帰ってね。本当に送らなくて大丈夫?」

「そんな事バレたら私のお給料が減っちゃいます……」


 まぁ、元首に見送りをさせたとなったら、いくら冒険者ギルドでもネムを庇いきれないか。今日が終わるまでは、無理にネムに接点を持つことは危険だろうな。


「ただいまー」

「「おかえりなさいませ、ミケラルド様」」


 ミナジリ共和国の屋敷に戻り、シュバイツシュッツたち手伝いに迎えられた俺は、その中に異色の存在を発見した。なんかこう……鱗がいっぱいである。


「どうしたんですか、ジェイルさん?」


 そう、待っていたのは我がトカゲ師匠。ミナジリのジの字である。


「少しいいか?」

「師匠が話すんです。どれだけ長くても構いませんよ。お食事は?」

「まだだ」

「では、食堂で」


 シュバイツシュッツに目をやり、彼の理解が得られると、俺たちは食堂へ向かった。

 そこで待っていたのは……おぉ!


「ナタリー、リィたん! 戻ってたのっ?」

「そりゃそうでしょ。武闘大会の報告以上に、今回ミックが何してたのか気になってたんだからっ」


 ぷんすこと頬を膨らませるナタリー。


「そうだそうだ!」


 ぷんすこと頬を膨らませるリィたん。


「キャラに合ってないんじゃ?」


 俺がそう零すと、後ろから背後霊のように現れるロレッソ君。


「いいえ、この際ですから最後まで吐き切ってもらいましょう」

「ひっ!?」


 新手の拷問か何かだろうか?

 そして、ぞろぞろと現れるミナジリ共和国の仲間たち。

 ミナジリのメンバーだけではない……ロレッソ含む、クロード、エメラ、カミナ、ドゥムガ、そして最後に――、


シュバイツシュッツ、座ったら?」

「執事の身でそれは畏れ多い事かと」


 そう言いながらかしこまったシュバイツシュッツは、扉付近に控えた。

 皆が席に着くと同時、ジェイルが絶対に慣れてないであろう咳払いをかました。


「こほん」


 妙に一音一音際立った咳払いである。


「第……」

「ん?」


 俺が首を傾げる。

 ジェイルは何を言おうとしているのだろう。


「第三十八回! ミナジリ会議ぃいいっ! いえいっ!!」

「いぇーい!!」


 一瞬、何が起こったか理解出来なかった。

 しかし、ドゥムガでさえ拍手するこの空間に、違和感がお仕事をしてくれない。浮いているのは俺だけなのだから。

 ポカンと口を開けた俺は、ニヤリと笑うナタリー、リィたん。そしてロレッソ。あの人、私に吸血されてましたよね?

 まぁ、ナジリの三人は吸血しているんだけどな。

 しかし、ジェイルがここまでノリノリなのも珍しい。

 人間文化に慣れてくれて嬉しい限りだが、どうも違うような、そうでもないような?


「ミナジリ会議ももう三十八回かー」


 皆に遅れて、俺もペチペチと拍手する。


「進行を務めますシュッツにございます。まずはジェイル様からご報告があるようです」


 だからジェイルの仕切りで始まったのか。

 ミナジリ会議は何か大きな発見、相談があれば誰でも企画していい事になっている。俺のシェルフ訪問報告と合わせたのはジェイルならでは機転か。


「ミック、以前、木龍クリューと共に、エレノアラティーファと魔人を追い詰めた時、戦争時に使った魔人の剣の詳細を教えてくれたな?」

「あ、えぇ。何かわかったんですか?」

「ミックが描き起こしたデザインを見るに、私が勇者レックスを倒し、魔界に持ち帰ったソレとは違うものだった」


 羊皮紙をペラリ。確かに俺が前に描いたものである。


「えぇ……じゃあ一体どこから【聖加護】の宿った勇者の剣を?」

「そこよ!」


 ずびしと俺を指差すのはナタリーだった。

 そしてナタリーは、その人差し指をジェイルの持つ剣の模写にずらした。


「何でミックがこの剣の事を忘れてるのか、疑問でならないんだけど」

「へ?」


 またも首を傾げる俺。

 すると、ナタリーは俺にかみつくように言った。


「この剣、以前ミックが持ってた剣だよ!」


 俺が持ってた剣? いつ? こんな剣持ってた事なんて……? いや、待て……勇者の剣? (仮)かっこかり


「あぁー! そうか、俺がギルドの依頼でリプトゥア国に届けたエメリーの剣か!」

「そう! ガンドフの鍛冶師ガイアスと、皇后アイビス様が作った勇者の剣。それをミックは、リプトゥア国に軟禁されてたエメリーちゃんに届けた。エメリーちゃんが使い慣れてる剣に模して作り変えてね。で、使わなくなったエメリーちゃんの剣を、本物そっくりの勇者の剣のレプリカとして、リプトゥア国のホネスティに渡した。そうだったよね?」

「奴らにバレないように、【聖加護】まで付けたなぁ~」


 ヘラヘラと笑うミケラルド君。

 プルプルと震えるナタリー。

 やれやれと肩を竦めるリィたん。

 黙々と羊皮紙を掲げ続けるジェイル。

 お母さん、お父さん、お元気でしょうか?

 今日も私は元首です。

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