その648 迎賓館で

 案内役のダドリーは、俺たちを迎賓館に送り届けるまで、口をつぐんだままだった。現状、ミナジリ共和国とシェルフは、ある意味、緊張状態と言える。

 自身が何かを発する事で摩擦が起こってしまう可能性を考えたら、ダドリーの判断は正しいのだ。

 帰りのネムはどこか居心地悪そうだったが、俺が視線を向けるとにへらと笑って平静を装ってくれた。ネムも成長したものだ。

 が、しかし、気になる存在もいる。

 ダドリーが深々と頭を下げて消え、ネムも眠そうに欠伸をしながら去り、何故か残っているもう一人。

 バルトはバルト商会でわかれた。だが、ダドリーと同じく無言で俺たちに付いて来た女がいた。

 それは、ダドリーが案内役を放棄する可能性を考慮した、代理案内人……シェルフの冒険者ギルド、そのギルドマスターをしているリンダ。相変わらず素敵な髪型をしていらっしゃる。

 そして、無言である。

 二人になったというのに無言である。

 彼女は一体何を考えているのだろうか。

 シェルフの民としてここにいるのか、冒険者ギルドのギルドマスターとしてここにいるのか。それは定かではない。

 だが、彼女がここまで来たのだ。何らかの理由はあるのだろう。

 しかし何故無言なのか。

 ……ふむ、部屋にはまだ入っていない。

 もしかして入室の許可を待っているのだろうか。


「は、入ります?」

「その言葉を待っていた。ずっとな」


 大変だ、女性を待たせたなんてバレたらナタリーに痛い事される。

 ようやく入室したリンダだが、腕を組んで立ったまま動かない。プログラムコードがおかしいのだろうか。そんな疑問もあったが、俺はポンと手を叩き椅子を用意した。


「どうぞお掛けください」

「悪いな」


 一応、俺は国賓である。

 だが、こういう状況だと立場も揺らいでしまうものだ。

 正直、リンダとはどの立ち位置で話せばいいのかわからないのが実情だ。

 このリンダの反応を見るからに、何となくわかった気がするけどな。


「何かご用があるのでしょう? それをお伺いしたく存じます。ギルドマスター殿」

「……はぁ」


 何とも深い溜め息である。きっと気疲れもあったのだろう。


「悪いな、気を遣わせた。だが、ミケラルド殿にも非があると思うのだがね」


 ようやくいつものリンダに戻り、肩をすくませる。


「ははは、立場が多過ぎるのも困りものです」

「正にその通りだな」

「それで、どのようなご用件でしょう?」

「無論、今回の件だ」


 目を丸くする俺。


「……ギルドマスターとしていらっしゃってるようですが?」

「無論、その通りだ」

「やはり冒険者ギルドとして来た……と。この件はアーダイン殿もご存知なので?」

「あの人には関係のない事だからね」

「読めませんね……」


 言うと、リンダは「うーん」と唸り始めた。

 一体、何を考えているのだろうか?


「ダメだな、色々考えていたんだが、上手く伝えられそうにない」


 脳筋ギルドマスターめ。

 そういえば、以前、シェルフの冒険者を叩いた時もゴリ押しだったな。


「少しずつで結構ですよ」

「そうか? ははは、悪いな。じゃあまず一つ。私としては今回の件はミケラルド殿寄りだ」

「おや、バルト殿が読み違えましたか……」

「あの狐は、先に情報を渡しておけば詮索して来ないさ」


 意外に腹芸は得意なようだな、リンダのヤツ。

 まぁ、そうじゃないとギルドマスターにはなれないか。

 だけど、バルトってやっぱり狐なんだな。


「勿論、私もシェルフで育った身だ。【聖域】を多種族にあれこれ詮索されたり触れられたりするのは抵抗がある。しかし、それはそれ、これはこれだ」

「という事は……」


 こくんと頷き、リンダは言った。


「ダンジョンの有用性は理解している。それが、これまで発見された事のないSSSトリプル相当のダンジョンの可能性があるならば、調査するべきだと思っている」

「……確かに、ここで話す話ですねぇ」

「爺、婆共には聞かせられないだろ?」


 もの凄い言い方だな。


「……ふむ。それで、ここまで来たからにはただ単に同意を示すためだけという事ではないでしょう?」

「あぁ、勿論提案があって来た」

「というとやはり……」

「あぁ、ミケラルド殿。シェルフの冒険者ギルドの依頼を消化しないか?」


 確か、シェルフは比較的安全故に、ランクBの依頼でさえも珍しい土地。そして、前回シェルフの冒険者ギルドに来た時、俺はランクAだった事を考えると……!


「ランクS以上の依頼ですか」

「その通りだ。エルフの寿命は長いからな。期限のあるものはともかく比較的長期間募集しているランクSの依頼がいくつかある。それをミケラルド殿がこなせば……」


 ニヤリと笑うリンダ。


「……なるほど、私がシェルフのために働いているとアプローチする事が出来る。少なくとも冒険者界隈の世論は動きます……か」

「名声、金、貢献、中々悪くないだろう?」

「ギルドマスターの提案じゃないですねぇ」

「言っておくが、職務規定違反は犯してないぞ」


 職務規定の穴、裏道……まぁ呼び方はどうでもいい。

 確かに、ここでリンダが協力してくれるのは大きいかもしれないな。

 ランクS以上の依頼……か。

 さて、シェルフの高難度依頼とは一体どんなものなのか。

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