その633 武闘大会5

「今のは一体……!?」


 勇者エメリーを襲っていた集合ビットは音もなく消え去り、周囲には砂塵が舞い降るばかり。

 集合ビットに亀裂が入った途端、閃光が走った。だが、それは集合ビットが破壊されたような光ではなかった。エメリーは無事みたいだけど、どうやら力を使い果たしてその場にへたり込んでいる。


「大丈夫ですか?」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」


 息切れで精一杯といった様子だ。

 正にギリギリだったが、どうにか乗り越えてくれたようだ。

 しかし、一体何が?


「お、おいミック……」


 審判のアーダインが俺を指差している。

 はて? 俺の顔に何か付いているのだろうか?

 そう思い、自身の顔に触れてみると……ん?


「……あれ?」


 頬から指に付いていたのは、決してケチャップなんかじゃないはずだ。


「嘘ぉ!? 何でミックが血を流してるの!?」

「お、落ち着けナタリー! 私にもわからんのだ!」


 観客席からいち早く聞こえてきたのは、ナタリーとリィたんの声だった。

 すぐに回復したものの、俺の右頬を何かが掠めた。

 それはおそらく……。

 エメリーを見ながら、俺は腰を落とす。


「受け切るだけじゃなく、剣撃の徹し、、まで放ったんですか?」

「はぁ……はぁ……はぁ……えっと……で、できてましたぁ……?」


 プランとしてはあったが、それが出来たかどうかもわからないのか。

 なるほど、我武者羅がむしゃらに【とおし】を放ったのか。

 徹しによる集合ビットの内部破壊。更には外部からはオーラブルブレイドの受け。

 なるほど、音もなく消え去る訳だ。

 だが、今のエメリーの実力はこれが出来る段階にない。

 それでも出来たという事は……なるほど、勇者の【覚醒】もそう遠くはないようだな。

 シェルフの件が片付けば、いよいよ真なる【勇者の剣】の制作に取り掛かれるかもしれない。


「お疲れ様でした」


 手を差し伸べ、エメリーが俺の手をとる。

 と、同時――、


「はっ!」


 なんと、エメリーはほぼ空っぽの魔力を振り絞り、短剣状のオーラブレイドを俺に向けたのだ。


「ず、ずっる!」


 辛うじて受けたものの、エメリーはニコリと笑った後、本当に力尽きてしまった。

 ぐてんと俺にもたれかかるエメリー。


「ちょ、ちょちょちょ!?」


 抱きかかえるも、エメリーは既に夢の中。


「す~……ぴ~……」


 イメージからは少し遠いやや荒めの呼吸音は、彼女の疲労度を表しているかのようだった。


「勝負あり!」


 アーダインの決着の合図と共に聞こえてくる、大歓声……と、ブーイング。


「ミケラルドォォオオ! 今すぐエメリーちゃんから離れろやぁああ!!」

「てめぇ! あんま調子こいてっとれびゅうシートに星一爆撃すっぞごらぁ!!」

「謝罪だ謝罪っ! 全エメリーファンに謝罪しろぉおお!!」


 とりあえず奴らの顔は覚えた。


「勇者のくせに生意気よっ! 私のミケラルドに!」

「ミケラルド様ぁ! そんな女なんかよりこっち見てぇ!」


 一応、彼女たちの顔も覚えた。人生長いし、何が起きるかわからないものね。

 そんな自分への言い訳をしながら、俺はエメリーを抱きかかえ、その場を後にしたのだった。

 ギルド員であるネムとラスターが付き添い、念のためエメリーを救護室へ連れて行く。

 その救護室で待っていたのは、おしおき担当の聖女さんだった。

 俺はエメリーをベッドに載せながらアリスに言った。


「外傷なしですよ」

「ミケラルドさんならここに来るまでにエメリーさんを回復出来るのでは?」


 物凄いジト目である。

 ネムとラスターがくすりと笑うのは、これがアリスなりの冗談だとわかるからだ。


「魔力の回復は手伝いましたから、じきに目を覚ますでしょう。それよりいいんですか? そろそろ試合なんじゃ?」


 武闘大会は四日に分けられて行われる。

 初日は魔法使い部門の予選、二日目は戦士部門の予選、三日目に魔法使い部門の本選をし、四日目に戦士部門の本選を行う。

 アリスはシード選手とはいえ、もう第一試合は始まっている頃。控室に行ってないといけない時間である。


「これから行きますよ。でも、エメリーさんの無事を確認したかったので」


 つくづく聖女だよな、アリスって。

 霊龍が認める心……か。


「エメリーさんが目を覚ましたら応援に行きますよ」


 言うと、アリスは扉を開け、振り返りながら微笑んでくれた。

 その後、パタンと閉められた扉。隣を見ると、ラスターはおろかネムまでも頬を赤らめていらっしゃった。

 アリススマイルにやられてしまったらしい。どうやらアレは範囲フリーズ攻撃らしい。

 さて、魔法使い部門にはオリハルコンズからアリスとキッカが参加している。

 アリスはシード選手、キッカは惜しくもシード選手に選ばれなかったものの、ポテンシャルを考えれば上位陣と対等に戦う事が出来るはず。

 組み合わせ的にアリスとキッカが競合する事はないから……おそらく本選には残れる、か。

 問題は本選の序盤でアリスと当たらなければいいんだが、はてさて。


「……んぅ」


 そんなエメリーの声に、ラスターとネムがアリスの範囲攻撃から回復した。

 ネムがぴょんぴょん跳びながら言う。


「あっ! 気が付きましたよ、ミケラルドさん!」


 エメリーが起きたら、まずはアリススマイルの脅威について話してみようか。

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