その584 前準備

 法王国に戻った俺は、ホーリーキャッスルへ報告に向かった。

 法王クルスは険しい顔をしながら俺の報告を聞き、その全てを聞き終えるとソファの背もたれにどっと身体を預けた。

 これには、俺の秘密、、、、を一つ暴露する必要があったというのも大きいだろう。


「何とも、恐ろしい話だな。闇ギルドのトップであるエレノアが、魔族四天王ラティーファだったというだけでも驚きなのに、魔族側に転移魔法が?」

「おそらく乱発出来る段階にないのでしょうけどね」

「うむ、マジックスクロールに転移魔法を入れていたとなればそう考えるのが普通。しかし、何故そんな事に?」

「これは、転移魔法を使えた人物に原因があります」

「ミック以外……という事だな?」


 法王クルスの言葉を肯定するように頷くと、俺は先を続けた。


「龍族の長、霊龍。魔族四天王の長、魔王。更に古代の賢者。この中で魔女ラティーファに『転移魔法が込められたマジックスクロール』を渡せる存在といえば――」

「――なるほど、魔王という事か。つまり、魔王は、今回ラティーファが逃亡した時使った遺物レリックのように、いざという時のための移動用魔法を残していた……と」

「まさか切り札を二つ同時に使われると思いませんでしたけどね」


 俺が肩をすくめて言うと、法王クルスも何故か同じポーズをとった。


「それを使わせるだけミックが追い込んだという事だろう。早い段階で敵の切り札を使わせたのは非常に大きいと考えるが?」


 確かに、そうとも言うかもしれないな。


「ははは、ではそこはのせられておきましょう」

「ファーラの魔力影響が気がかりだな。ミックと木龍グランドホルツで調べてわからないのであれば小規模と考えるべきか……」

仔龍アスランがこちらの手に戻った以上、地龍も味方になってくれるはず。その段階で動いても遅くはないでしょう」


 俺と木龍が捜索した範囲はかなり広大である。

 そこまで探して、大きく動くモンスターが見つからないという事は……それ以上に遠くのモンスターが影響を受けた可能性がある。

 むしろ、冒険者の質が高い法王国なのだから、近隣に強大なモンスターがいるはずもないのだ。


「……だな。それで木龍は?」

炎龍ロイスと一緒に剣の神様と剣の鬼のところです」

「あそこが観光名所になりそうで怖いのだが?」

「そこで仔龍アスランも静養中です」

「なる事がわかった訳だが?」

「それよりも今は法王国のお掃除です」

「闇ギルド……か」


 法王クルスは立ち上がり腕を組む。

 そして、何度か唸った後、俺に聞いたのだ。


「ん~、いまいちミックの言っている作戦がわからないのだが、本当に成功するのか?」

「大丈夫ですよ。まぁ根回しは必要なので、今回はその前準備って事で」

「ミックの探偵事務所の認可以外……? あぁ、そういえば新魔法の認可も必要だとか言ってたな」

「えぇ、この二つを」


 俺は二枚の羊皮紙をテーブルに置き、そこに二枚のマジックスクロールも付け加えた。


「簡略魔法のマジックスクロールに……その説明書か」


 説明書を読む法王クルスが……やはり首をひねる。


「……ふむ? こっちの魔法は確かに面白い魔法だが、一体どう使うのだ?」

「コレを使います」


 俺が釣り上げるように見せたそれは、一瞬、法王クルスの動きを止めた。


「ん? 何もないではないか? っ! いや、待て!」


 目を細め、じーっとそれを見つめる法王クルス。

 そこに煌めいていたのは、一筋の紫の光、、、


「おぉっ! わかった! わかったぞミック!」

「面白そうでしょう?」

「うむ! これは胸が躍るな!」

「まぁ、クルス殿も管理責任問われちゃいますけどね」

「国の膿を出すのならばそれくらい甘んじて受けるのが長の務めだ」

「そう仰ると思ってましたよ」

「して、こっちの魔法は一体?」

「それは、様式美というやつです」


 俺がそう言うと、法王クルスは……おそらくだが、様式美ソレについてだけは考える事を放棄したような気がする。


「ふっ、何だかよくわからんが、アルゴス団長をあの場所、、、、にずっと留めておいた理由もようやく理解出来た。これならばシギュンを!」

「えぇ、なのでクルス殿には骨を折ってもらいます」

「何でも言ってくれ!」

「ではこの魔法の認知度を世界レベルに押し上げてください」


 俺がそう言うと、法王クルスの頭部から一本アホ毛が飛び出た気がした。


「世……界……?」

「法王国の聖騎士団――その副団長を潰すんです。それくらいは普通ですよ。大丈夫、各国への通達は私がしますから、シェルフ、リーガル、リプトゥア、ガンドフ宛に一筆お願いします。あ、ミナジリ共和国は結構です。既に認可印を捺しましたので」


 そこまで言うと、法王クルスは嬉しそうに溜め息を吐いた。


「やれやれ、今日は徹夜だな……」


 本当に嬉しそうだ。


「この一件が片付けばゆっくり休めますよ」

「ふっ、その前に祝杯だ」

「おぉ、それはいいかもしれませんね」


 俺が手を合わせ言うと、法王クルスもニヤリと笑った。

 シギュンを追い詰める算段は整った。

 後は、第一回の定例広報会見を待つだけだ。

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