◆その576 オルグ尾行作戦3

 ナタリーたち一行が、法王クルス、アイビス皇后の協力の下、ホーリーキャッスルに登城する。

 当然、この報告を受けたクインが足早に副団長室に向かい、シギュンへと情報を渡す。


「オリハルコンズの一部メンバーがアイビス皇后と談話……ですか」


 その情報をいぶかしんだシギュン。


(先週時点でのスケジュールでは、アイビスが彼らと会う予定は入っていなかった。聖騎士団にも情報が届いてないという事は、内々に決まった可能性が高い。アイビスとコネクションを持つアリスが、この一週間ホーリーキャッスルに来たという報告も、ふみのやり取りをしたという記録もなかったはず。だとすればやはり、この談話を仕組んだのは……ミケラルド・オード・ミナジリ)


 シギュンの魔力が黒く闇に染まっていく。

 その光景を目の当たりにしたクインは直立不動のまま息を呑んだ。

 クインに氷のような冷たく鋭い視線を向けたシギュンが言う。


「メンバーはナタリー、アリス、エメリー、メアリィ、レミリア、クレア……この六人ですね?」

「はっ」


 クインの報告を再度確認するシギュン。

 腕を組み、指を何度かトントンと動かした後、シギュンが再度クインに言う。


「……リィたんはどこ?」

「……は?」

「水龍リバイアタンはどこかと聞いているの」

「そ、それは……聖騎士学校から離れたという情報は届いておりませんが……?」

「確認を」

「は、はっ!」


 クインがシギュンに敬礼し、そそくさと扉を出て行く。

 副団長室に一人、シギュンは思案に囚われる。


(オリハルコンズが動いたのにも拘わらず、その中の主力級である水龍リバイアタンが動いていないとは考え難い。元緋焔ひえんのメンバーは冒険者ギルドで別件の依頼消化中。そしてナタリーたちがアイビスと談話……何故今日この日に?)


 考えても答えの出ない苛立ちに、ギリと歯を見せるシギュン。


「ミケラルド・オード・ミナジリ……何をするつもりっ?」


 そう零し、シギュンは深い溜め息を吐いた。

 そして、腹立たしさ残る表情で部屋を出るのだった。

 向かう先はそう、団長室。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 二回のノックの後、オルグの許可が扉の外まで届く。

 シギュンが団長室に入ると、オルグの表情が和らぐ。

 対して、シギュンは氷の仮面を被っているかのように冷めた表情をしていた。

 そんな二人の動きを、天井裏から様子見る存在が一人。


(やはり来たか。ミックの言う通りだったな)


 そう、天井裏に潜んでいたのは、先程シギュンが動向を探っていた水龍リバイアタンことリィたんだったのだ。


(ラッツたちの動き、ナタリーたちの動きを見れば、シギュンは私の動向が気になるはず。ならば、今日その三チームを授業で見ていたオルグに我々の様子を聞くのは至極当然。さて、オルグは一体どれ程シギュンに心酔しているのか……)


 オルグを見下すようなシギュンの目線がゆっくりと下へ向かう。

 それに気づいたオルグが慌てて立ち上がり、シギュンの前まで向かう。


(っ!?)


 リィたんはオルグの異常な行動に目を疑った。

 オルグはシギュンの前にひざまずき、彼女がくブーツの先に口づけをしたのだ。

 恍惚こうこつとした表情のオルグがシギュンを見上げる。


「首尾はいかがでしょう……団長」

「特に問題なかったよ、シギュン」

「それは団長が決める事だったかしら?」


 髪の毛先をいじりながら問うシギュンに、オルグが焦って言う。


「ち、違う。君が決める事だ」

「そうです、是非その点をはき違えないでくださいね」

「すまない、シギュン」


 懇願するように謝るオルグ。


「わかってくださればいいのです。それで、ナタリーさんたちの素行はいかがでした?」

「そ、そうだな……ナタリーは魔法の威力が向上している。人当たりの良さはもしかしたらクラスで一番かもしれない」

「レミリアは?」


 淡々と聞くシギュン。


「剣聖と呼ばれる理由がよくわかるよ。数年後にはSSSトリプルランクに上がるだけの実力を持っている……と思う」

「クレア」

「クレアは……そうだな…………」


 本日の記憶を遡り、思い出そうとするオルグを前に、シギュンが小さく息を漏らす。


「団長、私も忙しい身です。団長は聖騎士団の団長なのですからもっとしっかりして頂かないといけません」

「そうだったな……すまない」

「謝るだけが能ではないでしょう。さぁ、もう一度。クレアは?」


 オルグの顔を覗き込むようなシギュンの瞳は、正に深淵。

 吸い込まれそうになる程の魔を秘めた瞳に囚われたオルグは、抑揚のない言葉で続ける。


「風の……魔法の操作が……前回より上手くなっていた……」

「結構です。ではリィたんは?」

「水龍リバイアタンは……やはり底の見えない実力者だ……」

「何か怪しい動きは?」

「と、特には……」

「そうでしょうとも」


 目を細めて言うと、シギュンは人差し指で髪の毛をクルクルといじり思案にふける。


(この愚鈍な男にアレの機微などわかるはずもない……か)

「シギュン……?」


 未だひざまずいたままのオルグは、シギュンにそう聞くも、返ってきた言葉は――、


「お待ちを、団長」

「わ、わかった」


 有無を言わさぬ不気味な笑顔。

 その一部始終を見ていたリィたんが顔をしかめる。


(龍の目から見てもわかる……あれは異常だ)

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