◆その575 オルグ尾行作戦2

「なぁ、こんな事して俺たち何か役に立ってるのか?」


 聖騎士団長のオルグを尾行し始めてから三十分程。

 ハンがラッツに言った。キッカ含む三人は堂々と道の真ん中を歩き、ホーリーキャッスルに向かうオルグの背を追っているだけである。


「我々が尾行したところでオルグ殿にはすぐにバレる。だからこそ冒険者ギルドに向かう道中のみの尾行なんだ。事前にキッカがオルグ殿に説明しているが故に不可解に思われない行動。これが重要だ」


 と、言いながらラッツは歩きながら小さな冊子を読んでいる。


「それ、あの人、、、からナタリーちゃん経由もらったやつ?」


 ハンが聞くと、ラッツが冊子をハンに向けて言う。


「そうだ、興味深いぞ。読むか?」

「いやいや、俺がそういう小難しいのダメなの知ってるだろ?」

「ふむ、面白いと思うのだがな」

「それより、さっきの話だよ。最初からリィたんに任せてもらえばいいだろう?」

「それは違う。これは俺たちの実績になるからな」

「あん?」


 ハンが首を傾げると、隣を歩いていたキッカがその説明をした。


「考えてもみなさいよ、私たちは既にオリハルコンズの一員でしょ?」

「そうだな」

「一緒に任務をこなした実績、これが重要なのよ」

「ランク上げるのに有利なのはわかるけど、それは低ランクの話だろ? Aランクの俺たちには必要ないんじゃないか、って話だ」

「うっ」


 キッカがその指摘に押し黙る。

 くすりと笑ったラッツがそこへ助け船を出す。


あの人、、、はそう考えてないという事だろう」

「え?」


 キッカが小さな驚きを見せ、ハンがポカンと口を開ける。


「マジかよ」

「ランクAからSへ上がるには、確かに武闘大会での優秀な成績が必要だ。だが、その武闘大会の成績だけで決まるとも言い難い」

「それってつまり……」

「この任務の実績は考慮し得る内容だという事だ」

「なんかちょっとずるく感じるなぁ~」


 ハンが難しい顔でそう言うと、キッカが人差し指を立てて言った。


「そりゃ狡王こうおうなんて言われてるんだから、そうなるでしょ」

「キッカ、咬王こうおうだ」


 ラッツの指摘にも、


「そう言ったつもりよ」


 キッカは平常運転だった。

 そんな会話も三人が冒険者ギルドに着いたところで終わる。

 そして、その冒険者ギルドの扉から示し合わせたかのように現れた集団。


「あ、お疲れ様ー!」


 そんな明るい声でキッカの手をとり言ったのは、先の話題の人物、咬王ミケラルドですら頭の上がらない人物――、


「あ、ナタリー、、、、ちゃんお疲れー。何か依頼?」


 言いながらキッカが奥にいる面子を見る。

 ナタリーの後ろのいたのは、メアリィ、クレア、レミリア、そして勇者エメリーと聖女アリスである。当然の事ながら、彼らもオリハルコンズのメンバーである。


「ううん、これからアイビス様とお茶なんだー」


 ナタリーの肯定のような否定。

 剣聖レミリアが肘を抱えて言う。


「アリス殿に聞きました。何でもオリハルコンズの最初期に三人はアイビス様に会ったらしいですね?」

「なので、仲間外れはダメだと思いますって私が言ったんです」


 微笑みながらメアリィが言う。それに同調し、うんうんと頷くクレア。


「な、成リ行きデそウなリまシた」


 ぎこちなく、どことなく棒読みなエメリー。


「いいじゃんいいじゃん、アイビス様すっごい優しい方だよ。楽しんでおいでー」


 キッカがそう言うと、ナタリーたちは三人を横切って外へ出た。

 アイビス皇后がいる場所とは、すなわちホーリーキャッスル。

 遠目に見える聖騎士団長オルグが向かっている場所に他ならない。

 キッカが冒険者ギルドに入るも、ラッツとハンは中へ入らなかった。

 正確には、止まってナタリーたちの背中をぼーっと見てるハンを、ラッツが待っているという状況である。


「ハン、どうした?」

「いや、女ってすげーなーって思っただけ」


 ハンの言葉を拾うも、ラッツはこの場にとどまるもう一人の人物に目を向けていた。


「ふっ」


 笑みを零し、ラッツがハンに言う。


「そう一括りにしてはいけない。そうじゃない女性も必ずいる。そういう事だ」

「え?」


 ハンはラッツに振り返るも、ラッツは既に冒険者ギルドの扉を開き中へ入って行くのだった。

 再び首を傾げるハン。しかし、ラッツ同様、ハンは別の場所で視点を止める。

 そこに立つのは複雑な表情をし、何やらブツブツ言ってる聖なる女。


「おかしい。何かがおかしいんです……」

「ア、アリスちゃん……?」

「そもそもなんなんですか、この台本は? 何でアイビス様の台詞せりふもあるんですか? 『おほほほほ』って、アイビス様がこんな風に笑う訳ないじゃないですか。それにこの私の台詞……『それが、聖女として当然の務めです』ってどこで使うんですか? この文末『(キリッ』っていうのは何ですか? 新しい文学か何かですか?」


 止まらぬ愚痴のような悲痛の呟きに、ハンが乾いた笑いを浮かべる。

 そして、アリスが持つ台本へ目をやると、大きく書かれた脚本担当の名前。

 そこには、『ぺんねーむ:そんざいえっくす』と丸みを帯びた字で書かれていた。

 台本をくしゃくしゃにしながら、アリスは「もうっ!」とだけ言い放って、ナタリーたちを追うのだった。

 そんなアリスの悲壮感漂う背中を見送るハン。


「男もすげーのかもな」


 そう言うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る