その554 主役と準レギュラー
あれは絶対に俺の正体を見破り、ご褒美をくれる顔……な訳がない。
どう見ても、ファーラという魔族をここへ招いた事への抗議。というか怒りに近い。やれやれ、今日はよく怒られるな。
「一体何のおつもりですか……」
美女は怒っても美女だな。それ以上でもそれ以下でもない。
「何の? ……はて?」
「とぼけないで頂けますか、ミケラルド先生?」
なるほど、講師仲間としての立ち位置できたか。
「貴方程の御方があの子の正体に気付かないはずがないでしょう?」
「あの子? あの子、あの子……あぁ、ファーラさんの事ですか?」
と、俺がわざとらしく言うと、シギュンが鋭い目つきで言った。
「その通りです」
「独自の調査で彼女が魔族で尚且つ吸血鬼、という事がわかりましたのでこちらに呼んでお話をしてたところです」
「それが越権行為だと言っているんです」
「おやおや、今日は随分とキツイ物言いですね。それに……越権行為? はて? 生徒との対話が出来ないなどという契約は結んでいなかったと記憶していますが? あぁ、失礼。シギュン先生は私と聖騎士学校との契約内容をご存知なかったのですね。安心してください、ちゃんと守ってますから」
微笑んで言うと、シギュンの眉間がぴくりと動いた。
凄い眉間の
しかし、そこは流石シギュンなのだろう。息を吐き、大きく吸ってシギュンは歪な作り笑顔を見せて言った。
「うふふふ、それはそれは失礼致しました。そうですよね。契約は大事ですものね」
「はははは、それはよかった。まさかシギュン先生が生徒にしているような事を私がして咎められるはずがありませんもんねぇ?」
「うふふふ、困りますよミケラルド先生。一体どこからそんな根も葉もない情報を仕入れたのです?」
「はははは、根も葉もない事を言う訳がないじゃないですか。あなたが
「うふふふ、依頼? 一体何の事だかさっぱりわかりませんわ。そんなどうでもいい事よりもファーラさんについて何かわかったのでしょうか? 是非聞かせて頂きたいですわ。そう、お茶でも飲みながら」
「はははは、毒茶を勧めるような方とのお茶はもう結構ですよ。どんな思考回路をすれば私が断らないと思ったんですか?」
「うふふふ、お茶が社交辞令だとも気付きません事? それにしても、お若いのにずいっぶんと耳が遠いのですね、ミケラルド先生は。私の質問はファーラさんについてですよ」
「はははは、これは失礼しました。美女のお誘いは出来るだけ受けたいと考えています故……しかし、それも必要ないのでしょうね。顔だけ良くとも中身が伴わない女性は私としても遠慮したいところですから。あ、ファーラさんの件でしたね。五歳って事だけわかりました。情報共有って大切ですよねぇ」
「ふ、ふふふふ……!」
「はははは」
「「……っ! あーはっはっはっはっはっはっ!!」」
たとえ、美女と吸血鬼が揃っていても、台本が酷いとここまで反発し合うのだろう。シギュンの怒りに満ちた笑み。俺の愉悦に満ちた笑み。そんな二人の大笑いは特別講師室の扉を貫き、講師室まで届いたのだろう。
どたんと扉を開け慌てて入って来たのはマスタング講師だった。
しかし、俺とシギュンは互いに見合い、牽制し合い、感情を交わし合った。
「こ、これは一体どういう事でありますかっ!?」
第三者にもそれが異常だとわかるのだ。
だが、その言葉が制止という役割を果たす事はない。何故ならシギュンは鬼のような目つきでマスタング講師を見たのだから。
マスタング講師はシギュンの部下の一人。彼女がひと睨みすれば、彼はすぐに部屋から出ていくのだ。
「あ、あまり大きな声を出さぬように! で、では!」
マスタング講師がまた講師室に戻ると、特別講師室はしんと静まり返った。
お騒がせ系元首の俺は、そんな沈黙が嫌だったのでしょう。
にこりと笑ってシギュンに言った。
「物凄い視線でしたね。オーガも真っ青ですよ」
そんな俺の渾身の煽りも、残念ながらシギュンには届いてくれなかった。
「……お戯れを」
「それは残念。もう少しこの時間をシギュン先生と共有していたかったのですが……」
「ファーラの年齢について、相手が子供とわかっただけでも収穫です。お手を煩わせてしまいましたね」
彼女は目を伏せ、拳を握ってその怒りを抑えていた。いや、封じていたと表現すべきかもしれない。そして、最後に捨て台詞のように俺に言ったのだ。
「ミナジリ共和国も大変でしょう。ナタリーさんのお母様がいなくなったとか……」
それは、俺に対する明らかな警告だった。
だからこそ俺も、捨て台詞をシギュンの顔に塗りたくるように言ったのだ。
「えぇ、ですから……闇ギルドを潰す事にしました。跡形もなく」
笑い、威嚇しながら、
「塵も残りません」
突き刺すように言ったのだ。
俺とシギュンは最後に一度、何の感情もない視線を交わした。
「失礼します」
振り返り、扉を手に掛けようとしたシギュンに俺は軽い口調で言った。
「シギュン先生」
振り返ったシギュンの手元へ俺の【サイコキネシス】が運んだのは――お茶用のカップだった。
「ファーラさんが口を付けたカップです。調べれば何かわかるかもしれませんよ」
勿論、ファーラはお茶に口を付けていない。ただのお茶が入ったカップだし、この世界の文化では、まだ唾液から何かを調べるような事は出来ない。
つまり、なみなみとお茶が入ったカップを持って帰れ。俺はシギュンにそう言ったのだ。
そう、これが本当の煽りのダメ押しである。
「……わかりました。しっかりと調査致します」
ファーラの情報を求めに来たのだ。これを断るシギュンではない。
パタンと扉が閉まり、俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
直後、扉の奥にある講師室から聞こえてきたカップが割れるような音は……きっと幻聴だろう。
「はははは、性格悪いですね~……お互いに」
そう言って、俺は自分のお茶を口に運ぶのだった。
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