その553 吸吸血血鬼鬼3

「こんな事、言えた事ではないのですが……私を恨みますか?」

「……ぇ?」


 危険だからこそ、今ここで聞くべきが、俺の中で最善と言えるのだろう。

 なんとも小賢しい。こんな自分を情けないと感じるミケラルド君である。


「スパニッシュの作戦対象が私でなければ、ファーラさんでなかったかもしれません。私という異端の吸血鬼がいなければ、ファーラさんの仲間は滅ぼされなかったかもしれません。少なくとも、ファーラさんが私を憎む要素はあるんですよ……残念な事にね」


 こう言うと、ファーラは俺に強い目を向けた。

 でも、それは敵意や憎悪といった強い目ではなく、子供ながらに芯のある信念のような強い目に近かった。


「……私は……私は、聖騎士学校の授業でしか先生の事をしりませんけど、これだけはわかります。あなたはえて生徒と心の距離を置き、敢えて近い距離で話をしています」


 それは、まるでファーラの魔眼とも言うべき推察だった。


「それは、いつどこで私たちと敵対するかわからないから。いつどこで私たちを守らなければならないかわからないから。良く言えば必要最低限……悪く言えば…………――」

「――悪く言えば?」


 聞くと、ファーラは一瞬だけくすりと笑いながら言った。


「……まるで、物語に出て来る道化のよう」

「それはそれは……困りましたね」

「最初は何故あんな授業をするのかわかりませんでした。でも、今なら少しわかる気がします。先生の心、、、、が」

「っ!?」


 正直、度肝を抜かれる程驚いた。

 魔族の口から「心」という言葉が出た事に。

 ……同じだ。同じだったんだ。彼女は、ジェイルやリィたんと同じだったんだ。彼女はこの聖騎士学校へ来てから確実に成長している。それは、魔族四天王の思惑の外。予想外の成長を。

 生徒たちと触れ、講師たちと触れ、人間の生活を通して心の意味を知った。

 それは誰が教えた訳でもない。彼女自身が学んだ事。

 だからこそ、だからこそなのだろう。彼女の信念というべき強い目は、いつの間にか怒りの色に変わっていた。


「だから、私を敵にしないで。私は私。それだけはわかる。先生の言葉は優しい。でも、それは私に対する侮辱です」


 震える訳でも怯える訳でもない。ただ「私を見ろ」という魂の声のような訴え。それは、しっかりとしたファーラ個人の意見だった。


「……わかりました。まずは謝罪を。申し訳ありませんでした」


 俺は目を伏せ、頭を下げてファーラへの侮辱を謝罪した。

 そして、ゆっくりと頭を上げてから先程の話へと戻ったのだ。


「正直なところ、スパニッシュや魔族四天王の考えや狙いがわかりません。現段階のファーラさんをどうすべきかも法王クルス殿と話さねばなりません。勿論、退学させる気はありません。実は私、ライゼン学校長の弱味を握ってますから」

「……ふふ」

「おや、ここに来て初めて笑って頂けましたね」

「あ、えっと、すみません。その……そっちの方が先生らしいと思います」

「道化ですから」

「はい」

「今後、ファーラさんに対し特別な措置がとられる可能性もあります。どうかその際はご協力頂きたい」


 強い意思の下、ファーラは一つ頷く。

 そして、恐る恐るうかがうように俺に聞いた。


「あ、あの……この魔力は?」

「問題はそれなんですよね。その美しい魔力放出は……何かしらの種だという事まではわかるんですが、それが何かがまだわからない。……あ、そうだ」

「へ?」

「いえ、詳しそうな人に心当たりがあるので、後日連れてきます。それまではそのままで」

「わ、わかりましたっ」

「さて、成績表をまとめたらライゼン学校長に提出しなければ。まぁ、その前に来客、、がありそうですけど」


 小首を傾げるファーラを前に、俺は親指でこめかみをく。


「その後、ファーラさんの事を法王クルス殿と相談してきます」

「はい」

「困ったらナタリーかリィたんに相談してください。彼女たちは私へのホットラインを持ってますから」

「はい」


 俺は扉に向け手を差し、ファーラへの用事が終わった事を伝える。

 ファーラは椅子から立ち上がり、扉を開け……退出する前に俺に言った。


「先生……ありがとうございました」


 特別講師室から出る彼女は、いつもの恥ずかしがり屋に戻ったかのように、俺の目を見ずにそう言った。

 何と言うべきか。これは嬉しい誤算なのだろう。まぁ、スパニッシュたちにとっては違うだろうがな。

 さて、そのスパニッシュたちと繋がってる組織の上位十二人。いや、今はパーシバルがいないから十一人か。ま、その内の一人が今ここへ向かってる訳だが……いつもとは違う、、、、、、、立場だろうな。

【超聴覚】を発動すれば、特別講師室の中にいてもわかる程の荒い足取り。

 その足音は確実に特別講師室ここへ向かい、その魔力は確実に俺に向けられていた。そいつの感情がわかるかのように。

 荒めに開かれた扉。視線の先には顔を引きらせた大人のお姉さん。

 ふんすと吐く鼻息がとても好印象の相手を、俺はにこやかに出迎えた。


「おや? お久しぶりですね、【シギュン、、、、】殿」


 そう、やって来たのはミケラルド君の人生において、準レギュラーくらいには位置する美女だった。

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