◆その530 咬王ミケラルド

 目を見開き、驚きを露わにする魔族四天王の二人。

 そしてそれは連合軍の五人にも言えた事なのだった。

 この場で戦闘に関わる七人が見たのは、奇妙な液体の如く自在で、影のように変幻へんげん

 轟音の後に出来た地割れからひょこりと現れたソレは、二つに分かれポヨンと球体へと変わり、死地とも呼べる戦場へと移動した。

 二つの球体はポヨンポヨンと上下に動き、やがて跳躍するように跳ねた。

 その最高度で球体は更なる変化を遂げる。

 それは、この戦場で魔族軍が一番目にしたくない存在


「「なっ!?」」


 現れたのは――、


「「タスケニキタヨ」」


 二人の――


「「――ミケッ!?」」


 そう、現れたのは二人のミケラルド、、、、、、、、だった。

 笑みの止まないミケラルドたちを見、驚いていた七人。いち早く回復したのは、ミナジリ共和国でミケラルドの傍付き護衛をしているラジーンだった。

 ラジーンはそのすきき、最後の投げナイフを放った。投げナイフはアリスを掴むレオの腕に直撃する。


「ぐっ! クソが!」


 これにより、ようやくアリスが解放される。

 フレッゾがアリスを抱え、エメリーが庇うように剣を構える。

 何度かせき込んだ後、アリスは自分の目を疑うようにまたミケラルドを見る。

 レオはアリスたちを追う事はなかった。何故なら魔族四天王二人の四つの視線は、この場にいる二人のミケラルドから離せなかったからだ。


「アリス殿、あのミケラルド殿は……?」


 フレッゾの質問を受け、アリスがハッと何かを思い出したのだ。

 あれはそう、聖騎士学校の冒険者寮の友人、ナタリーの部屋で起きた事だった。

 部屋にやって来たミケラルドが疲れた表情をしていた時、ナタリーが言った。


【あ、やっぱりまた抜け出してたんだ】

【抜け出してた? どういう事です?】

【さっきの授業受けてたのはミックじゃないのよ】

【はい?】

【ミックは分裂出来るの】

【またまたモンスターじゃあるまいし】


 その後、ナタリーはミケラルドの腕をつまみ、つまんだその肉はミケラルドの肉体から離れ、分裂体へと変異した。

 アリスの脳裏に蘇ったその記憶と同じ現象が、再び目の前で起きている。


「ぶ、分裂……?」

「「ヤァ、アリスサン」」


 爽やかに、しかしぎこちなく笑うミケラルドがアリスに挨拶する。


「「ハハッ、ミケラルドダヨ」」


 ぎこちなく。まるで人形のような心のない言葉。

 それは、アリスの記憶にない現象と言えた。


(あの時のミケラルドさんの分裂体は、確かに流暢に話してた。でも、これは一体……?)


 その疑問は、直後、ミケラルドの分裂体によって解消されたのだった。


「「マリョクオオメダト、エンカクデアヤツルノタイヘンナンダ」」


 答えのようでそうでない。しかし、アリスやエメリーたちにとってはそれだけで十分だった。何故なら、これ程心強い援軍はないのだから。

 魔族四天王のスパニッシュがワナワナと震え、未だ魔人と戦う遠方のミケラルド本体を睨む。


(あの【魔人】と戦いつつ、これだけの魔力を保有した分裂体を二体も操っているだと……!? 並みの精神力ではない。魔族、いや、そんな事魔族四天王だとしても無理だ。これは一体どういう事だ?)


 レオも、スパニッシュと同様にミケラルドの意思の力に驚嘆していた。

 だが、このままでいい訳がない。スパニッシュとレオは一瞬目を合わせ、一気に仕掛けようとした。

 だが、それを許さないのがミケラルドである。

 ミケラルドの分裂体は、笑顔のまま左右に分かれ一瞬で距離を詰めた。


「「速い!?」」


 咄嗟の受けが間に合ったものの、レオとスパニッシュは認識した。ミケラルドの分裂体は脅威足り得る存在だと。

 これを見ていたエメリーがこの援軍の力に気付く。


(凄い……あの分裂体一体で、ラジーンさん以上の実力がある。おそらくオベイルさんに近い実力。だとすれば、こちらにも勝機がある……!)

「「サァサァエメリーサン、アリスサン、フレッゾサン、ラジーン、ドゥムガ……ボーットシテルヒマハナイデスヨ」」

「「はいっ!」」

「「はっ!」」


 分裂体とはいえ、ミケラルドの参戦が皆の士気を向上させる。

 だが、相手は百戦錬磨の魔族四天王。そう易々と戦局を変えさせてはくれないのだ。

 スパニッシュ、そしてレオから放出される強大な魔力は、両者の【覚醒】を知らせる。その魔力を浴びた時、皆は息を呑んだ。

 唯一ミケラルドだけが――、


「「カクセイマエノユウシャアイテニカクセイトカ、ハズカシー」」


 満面の笑みを振りまいて魔族四天王を煽った。

 額に青筋を見せたレオが牙を剥き出し、ミケラルドを睨む。


「ぶ、ぶ――」

「――ブッコロストカ、アリキタリスギルデショ」

「ぶっ殺す!!」

「待て、レオ!」


 スパニッシュがレオを呼び止めようとするも、最早もはやレオは言葉如きで止まるような状態ではなかった。

 牙王がおうレオの感情剥き出しの先行は、二体の分裂体の目を輝かせた。


「「ラジーン、アゲロ!」」

「上げ!? はっ!」


 その指示はグラビティコントロールの指示だった。

 ミケラルドはレオの体重に対し負荷を掛けるのではなく、負荷を減らすという指示をラジーンに出した。これによりレオの速度が一瞬だけ上がる。

 しかしそれはミケラルドによる罠だった。


「「ホラ、ダイエットセイコウ」」


 そう、レオの身体は一気に軽くなったのだ。

 ミケラルドの分裂体は二体同時にレオの足に飛びつき、膝から腿にかけて抱き着き、すくい上げた。


「上手い、同時にタックルを!」


 フレッゾがミケラルドの意図に気付き、遅れてエメリーが動く。

 ドゥムガが腕を押さえ、フレッゾがもう片方の腕に双剣を突き立てた。

 アリスの【聖加護】の下、エメリーが跳び上がる。

 この時、スパニッシュはレオの救助えんごに動いていた。

 しかし、それは叶わなかった。

 これを止めたのは――、


「ぐぉ!?」


 遠方から飛んできた、グールの死骸。

 ミケラルド本人からの援護射撃である。

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