その527 魔族軍の最大戦力

 闇空間の中から出て来た人間大の男。

 顔にいくつかの古傷があり、体躯はそんなに俺と変わらない。

 年は中年――? しわ以上に古傷が目立つ黒髪黒目の男。

 ただ、奴の身に宿る魔力だけは理解出来た。

 水龍リバイアタンであるリィたんを超え、ヘルワームや木龍グランドホルツを倒した俺の身体が反射的な警戒をしたのだ。

 ……嫌な汗が止まらない。

 雷龍シュガリオンを前にした時と似たような感覚だ。

 だが、研ぎ澄まされた殺気はその非ではない。まるで今にも俺を突き刺すかのようだ。

 そして奴が持つ剣――あれは一体何だ?

 禍々しい魔力の中に唯一光るあの剣は一体?

 そんな一瞬の出来事だった。たった一瞬、剣に気をとられたその隙を衝き、奴は俺の前へ移動した。その速度は瞬間移動とさえ言えた。


「くっ!?」


 剣を手甲てこうで受けるも、その威力は絶大。

 俺は、中央後方からあがって来たリーガル戦騎団にまで吹き飛ばされてしまった。


「ミケラルド殿! ご無事でありますかっ!?」


 ネルソンの心配に応える事もなく、俺は彼に指示を出した。


「……左を七、右を三の割合でリーガル戦騎団を動かしてください。左翼は聖騎士団がいない上にドゥムガを後方へ回したので」

「しょ、承知いたしました! 中央は!?」

「巻き添え食いたくなければ近寄らない事です」

「はっ!」


 流石ブライアン王が信頼する団長だ。俺への忠誠すら感じる程に清々しい返事である。ネルソン団長はすぐに動き、部下たちへ両翼への戦力配分を指示した。

 俺は、というと――、


「にゃろう、動く気配がないな」


 男は俺を吹き飛ばしてから、一歩も動かずそこに立っているばかりだった。

 俺は出来た時間を有効に使い、周囲にある岩やグールの死骸を【サイコキネシス】で後方へ飛ばした。だが、それが出来るのもこれが最後かもしれない。

 歩きながら奴に近付き、先程と同じ間合いに立つ。


「名乗ってくれてもいいんだけど?」


 奴からの反応はない。殺気だけが俺に向き、視線は俺を捉えて離さない。


「まったく、やりにくい相手だ――な!」


 今度は俺の番だ、そう思って奴との間合いを一瞬で埋める。

 振りかぶった拳は、確実に奴を捉えたと思った。だが、奴は俺の動きを読んでいたのだ。


「嘘だろっ!?」


 奴は俺の拳に合わせて、しっかりとカウンターを放ったのだ。

 振りかぶった拳は攻撃ではなく防御にまわり、上段からの一撃は俺の足をズンと大地に埋めた。重いどころじゃない。巨大な岩を高速でぶつけられたかのようだ。


「くそ、順番守れよ!」


 言いながら俺は無数の拳を前に出した。

 奴はそれを華麗に捌く。しゃくだが、物凄く癪だが、その剣術はウチのトカゲ師匠より流麗かつ圧倒的だった。

 最後には拳を受け流され、俺はその勢いのまま正面に突っ込む事でしか、奴の反撃を回避する事は出来なかった。


「くっ!」


 横に回転しながら自身の勢いを殺し着地した俺は、再び奴に向かって飛んだ。

 奴の両側から水魔法【金剛斬】を発動させながら。

 正面から俺、左右から【金剛斬】とくれば、奴が逃げる場所は一つしかない。


「そう、後方だよな」


 俺は接近しながら奴の背後を【土塊操作】の壁で塞いだのだ。

 ようやく奴に一発ぶち込める。そんなオベイル的感性を自分に感じながら、俺は再び拳を振り上げた。

 だが――奴は物凄い勢いで後方へ跳んだのだ。そう、おれの土壁を突き抜ける程の勢いで。

 俺の【金剛斬】は互いにぶつかり相殺。俺は毒気を抜かれたようにそこに立ち止まった。止まらざるを得なかった。


「……この程度か?」


 煽られた気がする。ようやく喋った奴の声。見た目とは違いかなり若々しい青年とさえ思える声だった。


「お前、もしかしなくとも強いな?」


 俺は首を傾げながら言い、奥に見える不死王リッチや、後方で戦闘を繰り広げるスパニッシュ、レオを見る。


「魔族に魔族四天王より強い存在がいるなんて知らなかったな……」

「っ!」


 魔力の底上げ。俺は【覚醒】状態に入り、更なる戦闘に備える。


「なるほど、ここからという訳か……」


 遂に奴は剣を構え、腰を落とした。

 強敵と思える相手に警戒をさせたのだ。俺の戦力は奴の命に届き得る。

 だが、それが出来るかは今後の戦闘に関わってくる。

 ならば、いつも以上に丁寧に、慎重に……狡猾に動かなくてはいけない。


「動くなよ、攻撃が外れるからな」

「当てられないだけだろう」


 今のはちょっと傷ついた。という訳で――、


「意地でも当てる」

「やってみ――ぐぉ!?」


 有言実行。俺は【覚醒】により向上した速度、攻撃力を最大限に使い、奴の肩に一撃入れる事が出来たのだ。


「くっ、なるほど、リッチ殿、、、、の言う通り油断出来んな」


 リッチ……殿? 何故魔族四天王より強い者が、魔族四天王を立てる?

 いや、待て。そもそもこいつは魔族なのか? 確かに纏う魔力は魔族のモノ。それくらいは俺にもわかる。だが、見た目はどう見ても人間。吸血鬼のように人間に見える存在もいる魔界だが、こんな種族は見た事も聞いた事もない。

 ならばこいつは一体何だ?

 直後、奴は自分自身に回復魔法を放ったのだ。それは、まごう事なき聖なる光。


「ヒールで…………回……復?」


 それを見た瞬間、俺は気付いてしまったのだ。それを象徴する言葉を。

 人の身でありながら悪に手を染める闇ギルド。闇ギルドは魔族と手を結んでいる。

 その中枢で暗躍する闇の精鋭――【ときの番人】。この中で、名前すらわからず、謎に包まれた存在がいた。確か――こう呼ばれていた。


「……【魔人】……」

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