その486 二年生AB

「はははは」

「ひひひひ」

「ふふふふ」


 俺が「へへへへ」とでも笑おうものなら、途端に「それでも先生なんですか~?」と噛みつかれそうである。

 一週間に数回あるマスタング講師の授業を削り、週に一回俺の特別授業を組み込む。言葉上は簡単だが、俺のスケジュールとしては非常に厄介である。場合によっては闇人やみうどとしてのミケラルド調査をミケラルドの分裂体に任せる事になるやもしれないからだ。

 ……聖騎士学校二年生、か。

 当然、存在は知っていたし、別の時間帯に広場を使っている事も知っていた。

 一年生が広場を使う際は二年生が座学。または野外授業に出るなど教室やその他の場所を使う工夫は当然なされているので、会う機会は非常に少なかった。

 だからこそ見落としていたと言ってもいい。


 ――何だこの洗脳集団は?


「皆さん、静粛せいしゅくに」


 俺の隣に立つシギュンがそう言うと、二年生はにやけた顔をピシリと正し、憧憬というか敬愛というか羨望のような眼差しでシギュンを見据える。中には敬礼する者までいるくらいだ。


「皆さんご存知のようにこちらがかの有名なミケラルド・オード・ミナジリ様です。一年生の授業を受け持つようになり、生徒たちから高評価は皆さんも耳にしている事でしょう。定例講師会議で決まり、昨日通知した通り、本日から二年生の特別授業を行って頂く運びとなりました」


 ちらりと俺を見て微笑むシギュン。


「ミケラルド様の胸を借り……いえ、語弊を恐れず言うのであれば、ミケラルド様を踏み台、、、にして、実力の向上を図ってください」


 何とも上手い言い回しだ。

 二年生には「踏み潰せ」と言い、俺には「しっかりやれ」と言っているようだ。まぁ、副音声でシギュンの放送禁止用語とかが含まれていそうである。

 で、シギュンさんどうしたんだい? そんなに深く頭を下げて?


「申し訳ありませんミケラルド様。本日は法王陛下より賜ったどうしても外せない任務があるので、ご紹介だけでよろしいでしょうか?」


 何でダメと言えない事を疑問形で返すんだ、この悪女は?

 しかもこれまでずっと伏せてたな、それ?


「えぇ、構いませんよ」

「寛大なお言葉ありがとうございます。それでは、失礼致します」


 俺は微笑みながらシギュンの背を見送り……そして法王クルスに【テレパシー】を飛ばした。


『クルス殿クルス殿、本日シギュンさんに何か頼み事か任務を?』

『頼み事? そんなものはなかったはずだが』

『ありがとうございましたー』


 えてシギュンの言葉を借りよう。

 語弊を恐れず言うのであれば……女って怖い。

 とまぁ、これについてシギュンにクレームを入れたところでどうにもならないし、彼女はまた得意のポーカーフェイス&妖しい空気で乗り切ってしまうのだ。

 俺は二年生に背を向けたまますんと鼻息という名の溜め息を吐いたのだった。

 そしてくるりと振り返ると、そこにはニヤニヤニタニタニヤニタとした生徒たちが約五十人程いたのでした。

 さて、昨日一日考えてみたが、何とか闇ギルドの狙いが読めてきたぞ。

 が、それにはまずこのガキんちょ共をどうにかせねばならない。


「せんせ~、どうしたんですかー?」

「俺お腹痛いんですけどー?」

「人間の言葉ってわかりますかー?」

「何で人間の姿してるんですかー?」

「牙見せてくださーい」

「「はははははははっ!」」


 それにはまずこのガキんちょ共に理解させなければならない。

 世界には抗ってはいけない存在がいるという事を……!


 ◇◆◇ 震える二年生A君の証言 ◆◇◆


「お、俺……アイツに腹が痛いって言っただけなんだ……。でも、アイツはトイレの許可なんてしてくれなかった。それが嘘だって最初からバレてたんだ……」


 そう、あの時あの人は……!


「闇魔法【闇空間】……だったと思う。そこから変な薬を取り出して、俺の席の机に置いたんだ。笑顔で『飲んでください♪』と。皆の目もあったし、これで奴をおとしめる事も出来るって思って笑いながら飲んだんだ。……いや、飲んでしまった」


 あの時のミケラルド先生、、、、、、の顔は今でも忘れられない。


「ミケラルド先生は『あぁ、飲んでしまいましたか』と嘆くように言った。次の瞬間、俺は本物の腹痛に襲われた。刺すようで重く鈍く、形用し難い痛みが俺の腹を襲った。俺が机に蹲っていると、ミケラルド先生は言った」


 ――――お腹に優しい秘薬でしたが効きませんでしたか。仕方ありません、トイレに行ってよろしい♪


「その日その時その瞬間のミケラルド先生の目は……本物の血のように真っ赤で……俺の脳裏から消す事の出来ない存在となりました……。俺の証言はこれだけです。あの、ちょっとトイレ行っていいですか……? へへ……」


 ◇◆◇ 目が虚ろな二年生B君の証言 ◆◇◆


 ――人間の言葉ってわかりますかー?


「私はそう言っただけでした……」


 ……あれはA君が尻を押さえ這いながらトイレに行った後の出来事でした。


「何の授業をするのかと思ったら、単純な魔法書の音読でした。皆、A君の出来事に驚いてたけど、それは一時いっときだけだったと思って油断したんでしょう。最初に私が指名され、指定されたページを読んでいました。するとどうです? 確かに目の前にはミケラルド先生、、、、、、、がいるんです。けど、私の耳元にミケラルド先生の声がしたんです」


 ――――わかりますよ。わかりますよー。って。


「驚いたなんてもんじゃありません。一瞬に血の気が引いてバッと後ろを振り向きました。でも誰もいません。心臓が胸を強く打って、呼吸が乱れていました。その呼吸のタイミングすらあの人は読んでいたんでしょうね。私に言ったんですよ『どうしましたか、B君?』って。教壇を見ると、そこにはミケラルド先生がいました。穏やかで憎めない笑顔をしていました。しかし、そんな安堵を彼は一瞬でぶち壊したんです。……ま、また耳元から声が……!」


 ――――アナタもトイレですかぁ?


「その日その時その瞬間のミケラルド先生の声は……死神の声のように世界の闇を孕んでいたようで……私の脳裏から消す事の出来ない存在となりました……。私の証言はこれだけです。あ、すみません…………今、私の後ろに誰もいませんよね? へ、へへへ……」

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