その484 荷運びデューク

 自分は何をやっているんだろうと思う事はないだろうか?

 俺は正に今がその時であり、見慣れた狸商人を前に作り笑顔をするのに必死である。


「……ふむ」


 リーガル国の王商おうしょう、ドマーク商会のドン――ドマーク。

 彼が優秀たる所以ゆえんは、たとえ荷運びする人材であろうと自分の目で面接し、雇用するか否かを決めるところにあるのかもしれない。

 俺の履歴書(偽造)と、俺の顔(別モデル)を交互に見ながら、「スカイ君は~」などと俺の名前(偽名)を言っているドマークの真剣な態度を見ていると、何とも申し訳なくなってくる。

 俺はそれに対し、「はい!」、「仰る通りです!」、「流石は音に聞く大豪商!」など、意気込みや熱意を伝えながら面接をこなす。


「…………よろしい。では三日後、朝の四時にドマーク商会この店の裏手にある倉庫前にいらしてください」

「ありがとうございます!」


 と、なんとか荷運びの合格を言い渡された俺は、拳神ナガレとの合流地点へと向かった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「三日後の朝四時に」

「聞いてたよ」


 ったく、どこに耳があったのやら。


「これからどうするのさね?」

「旅支度と道具の調達ですかね」

「ふーん、まぁいいよ。アタシは戻って監視の続きだ。何かあった時の連絡方法はわかるね?」

「問題ありません」

「じゃ三日後」


 ナガレの奴、左腕を失ったのに実力はいささかも衰えていない。

 ……いや、失ったが故に気合いで元に戻した、か。

 そう考えると、ナガレのこの一年は地獄のような日々だったろう。

 ここで【呪縛】を発動するか? ……いや、どこに闇の目があるかわからない。ナガレに不審な動きを見せるのはまずい。

 ――――と、思ってた時期が私にもありました。

 にゃろう、「じゃ三日後」とか言いながら俺を尾行してるな?

 実力を隠しながらSSSトリプルの尾行を撒くのは正直不可能と言える。

 ならば、直談判しかあるまい。

 俺は曲がり角で止まり、ナガレの接近を待った。


「何か用ですか?」

「おや、偶然だね?」

「最初から尾行しておいて偶然は言い過ぎですよ」

「ふん、アタシは武人だ。強者の実力の底を見たいと思うのは当然だろう?」

「そんな事をしていたら命がいくつあっても足りませんよ」

「余計なお世話だよ」

「ならミナジリ共和国の剣士を狙えばいいじゃないですか」

「あのジェイルトカゲかい?」

「そうです、ジェイルとかいう凄腕の剣士です」

「ダメダメ、あんなの隙がなくて近づけないよ」

「私には隙があったと?」


 俺が睨むと、ナガレはケタケタと笑って言った。


「さぁ、どうだかねぇ?」


 なるほど、コイツは武人なんかじゃない。

 反撃しないであろう相手にしか近付かないのだ。

 人としてそれは間違いではない。危険からは遠ざかる、当然の事だ。

 しかし、奴の言葉を借りるならば、強者の実力の底を観客席で観たいだけなのだ。そして、相手が自分より下だとわかると戦いを挑む。

 なるほど、恨みがあるはずのイヅナの前に現れない訳だ。


「次、私を尾行するような真似をしたら、任務妨害行為としてエレノア殿に報告します」

「っ! 生意気な坊やだね……」


 鋭い視線を向けるナガレに対し、俺はさらりと言い返した。


「それも威圧行為として報告しましょうか?」

「…………ふん」


 ようやく帰ったか。何とも面倒臭い婆さんだ。

 だがこれで、俺も法王国に戻る事が出来る。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 人目を忍び、法王国へと転移した俺は、そそくさと自分のホーリーランド聖地へと戻った。


「どうしたミック、疲れているな」

「あ、やっぱりまた抜け出してたんだ」


 リィたんとナタリーの言葉に癒されながら、お茶をいただく。なんとも素晴らしき空間かな。


「抜け出してた? どういう事です?」


 お茶をれ終えた聖女アリスが小首を傾げて言う。


「さっきの授業受けてたのはミックじゃないのよ」

「はい?」


 ナタリーが簡潔に説明するも、当然アリスには伝わらない。

 何故なら簡潔過ぎるからだ。


「ミックは分裂出来るの」

「またまたモンスターじゃあるまいし」


 動揺を見せながらも、アリスはまだ信じていないようだ。

 ナタリーが俺の腕を指でつまんだので、俺もナタリーに付き合う事にした。


「ひっ!?」


 そりゃつまんだ部分が千切れたらアリスも驚くわな。

 千切れた部分にくと、それを床にポイと投げたナタリーを交互に見、慌てるアリス。

 すると、ソレがうにょうにょと動き、やがて人の形となり、ルークとなる。


お嬢様マドモアゼル、本日は遠くシェルフの国で誕生した焼き菓子――エフロンをお楽しみください。お砂糖はおいくつ?」

「あ、一つで……って違う!」


 と、俺の分裂体と懐かしのやり取りをした後、アリスは突っ込んでくれた。

 なるほど、段々と大人になっているじゃないか。

 乙女の成長はとても早いものだ。


「……え、キモチワルイ……」


 聖女アリスとミケラルド・オード・ミナジリはいつになったら仲良くなれるのか。彼女と平和条約を結びたい系魔族のミケラルド君としては、この行方が気になって仕方ないのだった。

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