その478 魔皇ヒルダ

「して、お前たちは何故このディノ大森林へ?」


 木龍の質問の後、俺たちは見合ってから言った。


「実は――」


 それから俺は、闇人やみうどとしてここへ訪れた理由、闇人になった理由、木龍への協力要請など、掻い摘まんで説明した。


「ふむ、人間たちにそういった類の組織があるとはな。しかしこれで地龍が消えた理由がわかったな」

「仔龍を盾にされれば仕方ないよ。それでどうかな? もしよかったらこちらに味方してくれたり……しない?」


 うかがうように聞くも、木龍は目を瞑ったまま黙ってしまった。

 暫くの後、木龍は気絶している【ヘルワーム】を見た。


「自然を保つ事が私の役目。申し訳ないがその申し出を受ける事は出来ない」


 まぁ、そういう事なら仕方ないか。

 俺は鼻をすんと鳴らし立ち上がった。


「わかった。お邪魔しちゃったね」


 グラムスとパーシバルに目を向け、ここを去る合図を送るも、それを引き留めたのは木龍だった。


「待て」

「え?」

「自然を保つためには他の龍族の命が重要だという事を忘れるな」


 ……確かに、そう言われてみればそうかもしれないな。


「地龍の解放までならば、人間たちの企みに乗ってやってもいい」

「おぉ!」


 俺が喜びを見せると、グラムスが肩をすくめて言った。


「やれやれ、これでミナジリ共和国は列強などという生易しい国とは言えなくなったのう」

「師匠、最早もはやミナジリ共和国は魔界でも人間界でもないもう一つの勢力――」

「――うむ、強大な【第三勢力】と言えるじゃろ」

「……はは」


 パーシバルが乾いた笑いを零したところで、俺は、、木龍に【テレフォン】のマジックスクロールを残しその場を後にした。

 そう、俺だけその場を去ったのだ。本来、木龍を発見出来たのであれば、闇ギルドに報告する義務がパーシバルにはあった。しかし、パーシバルが再び表の世界に戻って来るのであれば話は別だ。闇ギルドに報告出来ない枷が生まれてしまう。

 つまり、パーシバルはここを離れられない理由があるのだ。

 だからこそ、師グラムスとここに残り、木龍と共に鍛練する事を選んだ。

 まぁ、グラムスが【テレポートポイント】を持ってるから、俺はいつでもここに戻って来られる。彼らの判断は正しいし悪い事ではない。

 だが俺は、【エレノア】への虚偽報告をしなくてはいけない。

 はてさて、上手い言い訳は見つかるだろうか。

 その前に、あの人、、、の授業があるんだけどな。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ――【魔皇まこうヒルダ】。

 勇者レックス率いるパーティ【聖なる翼】に所属していた魔法使い。

 パーティメンバーは冒険者間で伝説とも名高い者ばかり。

 当時聖女だった、現法王のクルスの妻であるアイビス。そして、現在も冒険者ギルドで最強の異名を持つ剣神イヅナ。そして俺の師ジェイルが殺してしまった勇者レックス。

 レックスとイヅナというアタッカーが二人、聖女という回復役兼サポート、そしてそれらを援護していたパーティの頭脳とも言える存在が魔皇まこうヒルダである。

 全盛期はSSSトリプル以上とも言われた実力も、加齢と共に衰えていったという噂だが、その真実は不明である。

 現在、冒険者ギルドではSSダブルに位置づけられているヒルダだが、冒険者ギルドマスターのアーダインの話によれば、大半の依頼を断る冒険者をSSSトリプルには置けないという理由からだ。アーダインも彼女の実力については計りかねていると言っていた。

 依頼をこなさない冒険者を冒険者の頂に置く事は出来ない。その点については納得だが、聖騎士学校の生徒として彼女の前に立った時、俺は彼女は今が最盛期であると知った。

 褐色肌の老齢の柔和そうな淑女。白いローブを纏った彼女から受け取った印象以上に、内に眠る魔力の底は俺でさえ覗く事は出来なかった。


「ヒルダと申します」


 低姿勢ながら、声に宿る意思の強さは耳に残る。

 勝ち気なアイビスとは対照的だ。だが、教壇に立つ姿は神秘的とさえ言えた。

 現在、聖騎士学校は非常に豊かな才能が集っている。

 聖女アリス、勇者エメリー、剣聖レミリア。元ゲオルグ王の息子ゲラルドや、魔族であり吸血鬼のファーラ。当然、ナタリーやメアリィの才能も彼らに引けをとらない。

 そんな彼らが彼女の存在に呑まれていたのだから驚きだ。

 只一人、水龍リバイアタン――リィたんを除いて。

 リィたんは彼女をじっと見つめ、ヒルダもまたリィたんを見つめていた。

 男子中学生心を持つミケラルド君としては、その間に入って一発ギャグでもかましてやりたいところだが、メンタルは幼稚園児以下なのでそれはやめようと思う。一発ギャグも持ち合わせていないしな。


「なるほど。例年と違い、とても面白いクラスですね」


 微笑んだ彼女がリィたんから視線を外した直後、俺は背筋せすじに冷たいモノを感じた。魔皇ヒルダは流し目に、確かに俺を見たのだ。

 リーガル国の重要人物であるルナ王女やレティシア嬢を見た訳じゃない。一瞬、ヒルダは俺で視線を止めた。

 吸い込まれそうに感じる程、短くも長い一瞬だった。

 どうしよう。

 私、あの人、怖い。

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