その471 木龍の情報

「ガボボボボボボッ!?」


 俺とグラムスによるパーシバル洗浄大計画。

 水魔法の行使により、パーシバルを物理的に洗う。

 完全にどこぞの刑務所のような扱いである。


「ひ、ひ、ひ……も、もういいだろ。いい加減にこれ外してくれよ」


 俺がグラムスを見ると、彼はコクリと頷き許可を出した。

 ミスリルの縄をほどき解放すると、パーシバルはぐったりとした様子で四つん這いになった。人生に疲れた人を体現しているのだろうか。


「さぁ、これにサインするんじゃ」


 そんな間すら与えないのがグラムスお爺ちゃん。

 土塊つちくれ操作で作ったテーブルにばしんと置いたのは、かつて俺がグラムスに提示した雇用契約書だった。

 怪訝な面持ちでそれを読むパーシバルがワナワナと震え出す。


「な、何だよこれ、ほとんど奴隷みたいなものじゃないか!」


 はて? そんな契約は結んでいなかったはず。

 そう思い、俺はグラムスに耳打ちをする。


「どんな条項付け加えたんですか?」

あるじの命令は絶対遵守、破れば即死刑。勤労の報酬は師グラムスに支払う。とかそんなところかの」


 なるほど、ほぼ奴隷だ。

 血を吸われるのがいいのか、契約がいいのか。

 俺が悪人相手に容赦しないって事は、グラムスも理解してるしな。

 ある意味譲歩したとも言えるだろう。


「し、しかもあるじがあのミケラルドだってぇっ!? 師匠、僕をミナジリ共和国に売るつもりなんですかっ!?」

「こう言ってるが?」


 ちらりと俺を見るグラムス。

 すると、パーシバル君はようやく俺の正体がわかったようだった。


「ま……まさか!? いや、だってお前! っ! 【チェンジ】かっ!」


 吸血鬼が【チェンジ】を使えるという事は広く知れ渡っている。

 何故なら、俺がミナジリ共和国の元首になってから吸血鬼がどういう存在なのか各国が国民に開示したからだ。勿論、調べればわかるものだが、人は興味ないものに対しては何も調べないのが常だ。

 姿形を変える術は光魔法【歪曲の変化】を使えば出来るし、変装程度なら冒険者だってやる。やる事は人間と大差ないし、相手を吸血鬼と見破る方法がないという事で、【チェンジ】の存在は吸血鬼のおまけ能力みたいなものだ。

 そして、俺の度重なる訓練のおかげもあり、俺の【チェンジ】は他の吸血鬼と明確な差がある。

 姿形だけではなく、声帯と魔力の変化。これは常日頃心掛けている事ではあるが、ここまで変わってしまうとそれは最早もはや別人と言える。

 俺が闇ギルドに正体を見破られない理由はこれが大きい。まぁ、某聖女には簡単に見破られてしまうのが玉にきずだが、それはこの能力唯一の弱点とでも思っておけばいい。だからこそ、パーシバルはこの段階でコレ程のヒントをもらわなければ俺の正体に気付けなかったのだ。


「久しぶりだな、パーシバル」

「や、やっぱりミケラルド!」


 俺が声だけを元に戻して言うと、パーシバルは一気に俺に殺意を向けた。

 だが、そこへスコーンと振ってくるのがグラムスの拳骨である。


「あいてっ!?」


 涙目になりながら頭をおさえるパーシバル。


「阿呆、命の恩人に向かって何を言うとるんじゃ」

「はぁ!?」

「リプトゥア国との戦争でお前が出てきた時、ミケラルドはお前と戦ったじゃろ?」

「そうだよ! 地龍さえ邪魔しなければあの時僕がこいつを殺し――あいてぇっ!?」


 スコーン。


「儂はミケラルドと契約を結んでいる。その契約があったからこそ、お前は殺されずに済んだんじゃ」

「なっ!? ……じゃあ、じゃああの時、お前は本気を出してなかったのか!?」


 刺すような視線である。


「どうとってもらっても構わない。だけど、俺の国民かぞくに手を出すような事をすれば――」

「――ひっ!?」


 パーシバルの目には、今の俺はどう映っているのだろうか。

 龍族を超える魔力を浴び、死神のように映っているのだろうか。

 だが、こいつにどう映ろうが今の俺には関係のない事。


「容赦しないからな」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 パーシバルの寿命をどれだけ縮めてしまったのだろう。

 まぁ、力関係を明確にするのは大事な事だ。

 俺はそう思い、グラムスに目をやりバトン、、、を渡した。


「さ、書くんじゃ」


 筆を握ったパーシバルは、一瞬俺をちらりと見た後、そそくさと雇用契約書にサインをした。


「ほっ、相変わらずきったない字だのう」

「それはどうでもいいでしょう」


 語気もそこそこ収まったようだ。


「安心せい、これで我々は世界一安全な国の庇護下に入った訳じゃ。なっ」


 俺の肩をバシンと叩くグラムス。

 確かに、そう受け取る事も出来なくはない。

 多くの闇人やみうど、ハンドレッド、失われし位階ロストナンバーときの番人であるサブロウ、ノエル、パーシバル、を味方に付け、こちらにはZ区分ゼットくぶんのジェイル、リィたん、フェンリルワンリルもいる。

 この数日で、世界の戦力バランスは大きく変わった。

 敵の戦力をそのまま自国に変換するこの【呪縛】の能力は、とても恐ろしい能力であるとともに、優秀な能力でもある。

 ……やはり、そう考えるのが普通……だよな?

 帰ったら探りを入れてみるか。


「さて、パーシバル君」

「な、何だよっ」

「この森で【木龍グランドホルツ】の捜索をしてただろ? 何か進展はあった?」

「…………」


 グラムスが雇用契約者を掲げる。


「……あったよ」


 命令は絶対遵守。破れば死刑。

 ここら辺は、パーシバルの態度次第で徐々に改善していくとしよう。

 よくよく考えてみれば「勤労の報酬は師グラムスに支払う」って、単純にグラムスがパーシバルにお小遣いを与えるからそうしたって意味なんだと思う。

 さて、パーシバルの言う進展とは一体……。

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