その460 ファーラ

「始め」


 オベイルの合図と共にファーラが腰を落とす。

 色々探りたい相手ではあるが、こちらは今ルークの姿。

 ルナ王女とレティシア嬢の護衛という身分なので、ミケラルド的出力はランクS程度。可もなく不可もなくな実力でこの相手を探れるだろうか。

 おれはじわりと殺気を込めファーラを見る。

 …………目を逸らされてしまった。

 おや?

 首を傾げた俺は、ファーラの視線の先に移動する。

 そしてまた殺気を向けると、目を逸らされてしまった。

 どうやら彼女はこの殺気大会のルールを理解していないようだ。


「あの?」


 そう聞くも、ファーラちゃんはちらりと俺を見た後、顔を背ける。

 極度の恥ずかしがり屋のようである。ところで、恥ずかしがり屋って恥ずかしさを売りにしているのだろうか。誰が買っているのだろうか。確定申告はどうしているのだろうか。

 そんなどうでもいい疑問を浮かべながら、俺はしゃがみ込んで困っていた。

 相手とのコミュニケーションで必要なのは何か。殺気の前に送るのは何か。

 そう考えた時、俺は彼女にとりあえずと思い手を伸ばしていた。


「ルークです」

「あ………………ファーラです」


 殺気の前に握手。とても大事な事である。


「何か困っているようですね」


 俺がそう聞くと、ファーラは少し俯いてから呟くように言った。


「あ、えっと……殺気の出し方がわからなくて……」


 そうだよね、若い魔族だものね。

 殺す殺されるの世界で当たり前に生きてきたら殺気なんて必要ないものね。

 彼女は、朝起きて顔を洗うかの如く日常的に、殺気に触れてきた。

 意図的に放つ殺気は技術の一つだ。出来なくて仕方ない。

 やはりこの子、まだまだ発展途上の実力である。

 握手をしてみた感じからして、ランクS程の実力はあるようだ。

 そう、まるで俺が人間界に来た時のような実力。

 とはいえ、俺も短期間で実力をつけたのだ。この二年でどれだけ化けるかわからない。必要とあらば、俺の支配下に置く事も視野に入れなければならない。

 まぁ、まずはファーラの目的を探らなくちゃな。


「「…………」」


 その前に相手と仲良くなる事の方が先決か。


「それまで。お前ら二人共負け」


 この試合中に殺気のレクチャーなんて出来る訳もなく、俺たち二人は制限時間の壁によって両者負けが確定した。


「じゃあ、あっちで」


 俺は広場の方を指差し、ファーラと一緒にそこへ向かった。

 皆は殺気大会に夢中である。俺たち二人が離れたところで、誰も気にしないだろう。


「それじゃあ……怒った事は?」

「あまり」

「イライラした事は?」

「前に一度だけ」


 要点のみ答えるものの、相手も俺の意図に気付いているようだ。


「じゃあ試合場を見て」


 先程まで俺たちがいた場所を注目させる。

 そして、俺はその視界を覆うようにファーラの目の前に立った。


「……あの、見えません」

「いいから見て」


 ファーラが俺を避け試合場を覗こうとする。

 再び俺はファーラの視界を遮る。すると彼女の表情に少なからず動きが見えた。

 ピクリと反応したファーラだったが、先程と同じように俺を避けて試合場を覗く。また俺が視界を遮る。これを何度か繰り返すと、彼女はついに不満たっぷりに溜め息を漏らした。


「イライラしてきたでしょ?」

「え? あ、はい」


 まるで「そうか、これがイライラか」と理解したような顔つきだ。

 どうやらこの意図には気付かなかったようだな。


「その感覚を忘れないで」


 コクリと頷くファーラ。


「どんどんいこう」

「はい」


 その後、俺は幾度もファーラを煽るように動いた。

 手で目を塞いだり、頬をぷすっと指で押したり、こちらから怒気を向けたりした。


「くっ!」

「うん、それが怒気ね。それも覚えておいて」


 感情がない訳ではないみたいだね。

 感情の動きに慣れていないだけなのだろう。


「…………はい」


 冷静になるのが早い。

 なるほど、頭のいい子である。


「この次が殺気なんだけど、殺すという意図を相手に伝える事について、ファーラはどう思う?」

「無駄な行為だと思います」

「それは何で?」

「愚かだからです」

「もうちょっと具体的に」

「相手に警戒をさせるデメリットが大きいからです。自身のデメリットを殺害対象に見せる行為は愚かと言わざるを得ません」


 とても具体的だ。殺気の参考書に載せたい気分である。


「じゃあ相手が自分より圧倒的に強かったら?」

「そもそも強者に向かって行く者は愚かです」

「冷静だね。でも、自分が狙われる立場だった場合、向かって行くとは限らないだろう?」

「…………はい」

「そこで殺気さんの出番って訳」


 小首を傾げるファーラ。


「……殺気さん」

「殺気さん」

「殺気さんは何故必要なのでしょう」

「弱者が生きてく上での技術だから」

「弱者……」


 その部分には納得していないご様子。


「ファーラが剣で攻撃した時、フェイントを三つ入れられたとする」

「はい」

「この三つを完全に見切る相手がいた時、更に何か出来た方が生き残る確率は上がるだろう?」

「……はい。それが殺気ですか?」

「殺気もその一つだって事。フェイントの一つに殺気を交ぜれば、相手にそれが本命だと思わせる事が出来るかもしれない。残りの二つを本命にしていた場合、相手はどうなる?」

「……残りの二つを受ける可能性が上がります」

「じゃあ、最初の質問に戻るけど、殺すという意図を相手に伝える事について、ファーラはどう思う?」


 俺がそう言うと、彼女は少しだけ難しい顔をした後、先程の答えを改めたのだ。


「……限定的な状況下において、殺気の有用性が見出せます」

「殺気が強ければ強い程、相手を騙せる確率が上がる。だからこれは技術として覚えて損はないって事」

「はい」


 少しだけ彼女についてわかった気がする。


「ありがとうございます」


 おそらくこの子、まだ生まれて間もない子供なんじゃないか?

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