◆その434 ミケラルドの狙い

 聖騎士学校の生徒たちは皆、固唾を呑んでミケラルドを見ていた。

 気の許した仲間であるナタリーでさえ、事の成り行きを見守るしかなかった。

 その状況を静かに見つめるリィたん。ミケラルドが一つ頷くと、リィたんが水と魔力の膜を張る。これは、リィたんの背後にいるまだ力を持たない正規組を守るためである。

 ゴクリと喉を鳴らした聖女アリス。その隣には勇者エメリー、そして剣聖レミリアと続く。

 ミケラルド・オード・ミナジリは、リプトゥア国との戦争以降、【咬王こうおう】の名で世界に名を広めた。ミケラルド自身が各国に流した【テトラ・ビジョン】によるプロパガンダにより、その姿と実力を見せた。

 しかし、その実力はミケラルドの一端に過ぎなかった。

 リィたんでさえ知る事のないミケラルドの底は、正しく深淵の闇と言えた。


「「っ!」」


 第一段階。

 ミケラルドの魔力を受け、皆の身体に電流が走った。

 ミケラルドを中心に渦を巻いたソレは、深緑の光となり、そして柱となる。

 大地が軋み、罅割れ、塵や小石が舞い岩壁を叩く。


「ちょ、ちょっと私下がるねっ」


 最初にそう言ったのは、オリハルコンズのメンバーの一人――キッカだった。

 リィたんの後ろまでそそくさと下がったキッカ。

 次にクレアが動いた。


「まだまだ鍛錬が足りないという事ですね……」


 第二段階。

 魔力柱まりょくちゅうは、ミケラルド自身を押し上げた。

 徐々に浮き上がるミケラルドを見て呆けていたハン。直後、自分の口を手で押さえた。


「うぐっ!?」


 強烈な吐き気がハンを襲う。大地に膝を突いたハンに隣のラッツが肩を貸し、後退する。

 内包する魔力の多寡により、相手の魔力圧を受け流す事が出来る。しかし、ミケラルドが放つソレは、ランクAの実力者をもってしても防ぐ事は叶わなかった。

 強力な魔力圧を受け、驚き目を見開きながらミケラルドを見上げるアリス。

 その隣で、エメリーとレミリアが言った。


「ここからだね」

「えぇ」


 そんな二人の言葉に驚き隣を見るも、その視線はミケラルドによって強引に戻された。

 回転する魔力柱。その範囲は徐々に広がり、アリスたちを包む。後方で見ていたリィたんたちをも巻き込み、やがて一帯はミケラルドの魔力柱の中にすっぽりとおさまってしまったのだ。

 そんな中――――、


「じゃあ、いっきまーすっ」


 と軽い口調でミケラルドが言うやいなや、大地が悲鳴をあげるかの如く揺れ始めた。同時に、自身の両の肩を抱えるアリス。絶対的な恐怖という名の魔力の嵐により、エメリー、レミリアの顔が歪む。その場にいられない恐怖と圧力。三人の乙女は後退せざるを得なかった。

 そしてやはり、それはゲラルドも同じだった。

 その場で膝を突いたゲラルドが苦痛に顔を歪ませるも、自身の身体を圧する魔力は時と共に重く、濃くなっていく。


「……くっ!?」


 そんなゲラルドに向かい、足音が聞こえてくる。

 この場においてこれだけ軽い足取りで歩ける者は一人しかいない。

 ゲラルドは身体を震わせ、奮わせながら顔を上げた。

 そこには、優しく微笑むミケラルドの顔があったのだ。


「どうでしょう、ゲラルドさん。まだ続けますか?」


 弾んだ声で言ったミケラルドに、ゲラルドの顔が引き攣る。

 その隣で冷や汗を流しているライゼン学校長も、徐々に息が乱れ始めていた。


「わ、わかった……もう……大丈夫……だ」

「ん?」


 コトリと首を傾げるミケラルド。


「わ……わかりました……もう、結構……です」


 ゲラルドが自身の言葉を訂正した時、ミケラルドはその膨大な魔力を霧散させた。

 大きく息を乱したゲラルドが、顔中に脂汗を見せながらグッタリとする。

 それを見たライゼン学校長が、恐る恐るミケラルドを見る。


(恐ろしい奴……まるで魔力の底を見せない。ミケラルドはゲラルドに対し、遠回しに「お前はまだ私の全力を見られる段階にいない」と言ったのだ。だが、これで皆は思い知ったはずだ。ミナジリ共和国の脅威を、そしてミケラルド・オード・ミナジリの脅威を……!)


 ミケラルドがゲラルドに手を貸し、立ち上がらせる。


「あれでどの程度な……んですか?」

「六割ってところですかね。是非見せてあげたかったんですけど、どうやらまだだったみたいですね」


 爽やかに言うミケラルドに驚愕するライゼン学校長。


(あ、あれで六割……っ!? これは……事を急いだ方がいいかもしれん……)


 その時、焦燥色濃いライゼン学校長の表情の機微を、ミケラルドは見逃していなかった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ミケラルド、リィたん、ナタリーによって聖騎士学校に戻って来た生徒たちは皆、ほんの十数分の出来事で大きな疲れを見せていた。

 極度の緊張と恐怖により、皆くたくたとなっていたため、ミケラルドは苦笑しながら授業を早目に切り上げた。

 というのも、当然ミケラルドには狙いがあったからだ。

 聖騎士学校に戻った直後、ライゼン学校長は速足にその場を去ったのだ。

 ミケラルドはこれを追うため、早々に授業を切り上げた。

 身を隠し、人目を忍びながらライゼン学校長の後を追い、着いた場所は法王国の外れにある屋敷跡だった。

 屋敷裏手にある小屋からライゼン学校長の気配が消えた時、ミケラルドが小声で言った。


「これは事件の予感……あ、一旦CM挟みましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る