その430 木龍の縄張り

「木龍【グランドホルツ】の縄張り……ですか」


 メアリィの言葉は、歯切れこそ悪いものの、決してその話自体を忌避きひするようなものではなかった。

 言葉に詰まったメアリィを守るようにクレアが一歩前に出る。

 そして、リィたんに跪き言った。


「リィたん様、その質問はメアリィ様の身に余るもの。ミケラルド様がいらっしゃるのでしたら、どうか族長を通して頂ければと」


 まぁ、そうなるよな。

 たとえメアリィが知っていたとしても、それがメアリィの一存で口外出来る理由にはならない。

 リィたんが俺を見る。


「だそうだ、ミック」


 俺は肩をすくめてリィたんに言う。


「言ってくれたら最初からそうしたのに」

「そうしたらメアリィに話が届かない可能性があるからな」

「「っ!」」


 これには俺とクレア、そしてメアリィも驚く。

 確かに、俺がいきなりローディに確認すれば、ローディはその事実をメアリィに伏せる可能性がある。大事な孫娘だ、いらぬ危険に巻き込む可能性も考えられる。聖騎士学校以外の生徒――この範疇はんちゅうを超えるようなやり取りはローディとしても控えたいところだろう。

 だが、ローディと連絡を取る以上、学友であるメアリィに筋を通した方が今後の憂いは少ない。なるほど、リィたんなりに筋を通したという事か。


「という訳だミック。ローディにはミックから連絡しておいて欲しい」

「あ、はい」


 クレアが立ち上がり、メアリィを見る。

 するとメアリィはリィたんにもじもじとしながらも、


「あの、リィたんさん」

「何だ?」

「お、お気遣い頂きありがとうございます……」

「礼を言われるような事はしていない」

「は、はい。……へへ」


 水龍リバイアタンに友人と認められたようなものだ。メアリィとしては跳び上がる程嬉しいのだろう。

 ナタリーが俺にアイコンタクトを送ってくる。これはあれだ。話題を変えろってやつだな。


「ところでリィたん、順序としては炎龍、木龍なんじゃないの? 何で先に木龍なの?」

「炎龍の縄張りならもう聞いた」

「へ?」

「ミナジリの初期メンバーに詳しいのがいただろう」


 そう言われた後、俺と……そしてナタリーの頭にはあのトカゲ師匠の顔が思い浮かんだ事だろう。


「「……ぁ~」」

「ジェイルはリザードマン。リザードマンは高温の地域を縄張りにし、ワイバーン等の竜種とコミュニケーションもとれる。ならば炎龍の縄張りを知っていてもおかしくはない」

「で、知ってたの」

「かなり正確にな」


 リィたんの身に付ける腕輪は、ミナジリ共和国に帰るためのテレポートポイントだ。そしてリィたんがはめている指輪は【テレフォン】を付与したものである。当然、ナタリーも持っているが、リィたんはこれらを使い、ミナジリ共和国にいるジェイルに聞いたのだろう。


「法王国より南東三百キロ程にある活火山地帯――」

「――ディザスターエリア」


 リィたんの言葉に割り込むように言ったのは、聖女アリスだった。


「知っていたか」


 リィたんが言うと、アリスが険しい表情をしながら俺を見た。


「法王国が絶対災害地域に指定してる場所です。通称ディザスターエリア。冒険者は勿論、聖騎士でさえも近付く事を禁じられた禁忌とも呼べる場所です」

「へぇ、だとするとクルス殿の許可が必要って事か」

「賢王とも呼ばれる法王陛下がお許しになるとは思えません。三百キロ以上離れてるとはいえ、凶悪なモンスターの巣窟なんですよ? 下手に手を出して法王国に牙を剥いたら……」


 アリスはそこで口ごもった。

 つまり、人間による攻撃でディザスターエリアのモンスターが怒り、矛先を向けるとすればこの法王国である。下手に刺激してこの国に火の粉が降り注げば……なるほど俺の責任どころじゃなくなるって訳か。


「ミケラルドさん……」


 心配そうな目をしながらアリスが俺を見る。

 そんなアリスの肩に手を置いたリィたん。


「心配するな、ミックはこの私より強い」


 あ。

 直後、俺、リィたん、ナタリー以外の時間が止まってしまった。

 クレアは俺を見て固まり、メアリィは首を傾げたまま固まり、アリスはしばらく硬直した後――、


「……ま、またまたぁ~。いくらミケラルドさんが強くてもリィたんさんより強いはずがないじゃないですかー。もう、ホント、驚かせないでくださいよ」


 そう、俺の戦力がリィたんを超えたという事実は、ほんの一部の者しか知らない。そんなトップシークレットな情報を、リィたんはこの場で暴露してしまったのだ。

 首を傾げるリィたんが、真顔で言う。


「事実だが?」


 アリスがまた止まる。まるで先程のデジャヴのようだ。

 クレアは顔をヒクつかせ、メアリィはポカンと口を開け、アリスはしばらく硬直した後――、


「あ、あはは、リィたんさんも冗談を言うんですね、ミケラルドさん」


 そう俺に言った。

 たとえ俺がここで「本当です」と言ったところで、アリスは信じないだろう。

 ならば、その逆を取るのが正解だろう。


「そうです、嘘。冗談ですよ」


 と、俺が微笑みながら言うと、


「ほ、本当なんだぁ……」


 アリスは顔を歪めながら俺の嘘を見破った。


「今『嘘』って言ったじゃないですか」

「ミケラルドさんはこういう時に嘘を吐くんです!」


 流石聖女アリス、俺の事をよく理解している。とか言うと、怒るんだろうな。


「流石だなアリス。よくミックの事を理解している」


 まぁ、リィたんが言っちゃったけど。


「ほんと、ミケラルドさんってどうしてミケラルドさんなんですか……」


 すすり泣くように言ったアリス。

 アリスの中で、俺がどんな概念なのかはわからないが、とりあえずメアリィとクレアをこの世界に戻してやろうと思う。

 腹を抱えて笑うナタリーにも手伝ってもらおう。

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