その413 少しの信頼
陽が沈み、
正規組はボロボロになりながらも聖騎士学校へと戻った。
身体は疲弊し、顔に色はない。
だが、彼らの中で何か変わったという事は確かだった。
教室でじっと待つマスタング講師が、じっと俺たちを見る。
「……驚いたのであーる。これだけの人数が全て三匹のゴブリンを倒したのであるか」
皆が討伐部位のゴブリンの耳が入った布袋を置き、自席へと戻る。
戻った後も座る事はなく、立ちながら皆の報告完了を待っていた。
「うむ、見事である! 本日は全員最高得点である!」
そんなマスタング講師の言葉を聞き、ようやく彼等は解放された。
大きな溜め息を見せ、自席へどっと身を預けたのだ。
それを見たマスタング講師はふっと笑い、教室を出て行った。
「明日に疲れを残さぬように! 失礼するのであーる!」
最後に、そう言い残して。
隣の席でぐったりと疲れているレティシア嬢が、頬を机に預けながら俺を見る。
「冒険者の方々っていつもあんなに大変な事をしているのですね……」
「生きるため、強くなるために必死ですからね」
俺が苦笑しながらそう返すと、レティシア嬢の姿を見たルナ王女が顔を
「レティシアさん、それは淑女とは言い難い姿ですよ」
「はい……でも身体に力が入らなくて……」
逆らった訳ではない。いつもレティシアならピッと姿勢を正し、ルナ王女の言う事を聞くはずだ。これを怪訝に思ったルナ王女が俺を見る。
俺がレティシアの顔を覗き込むと、その理由がわかった。
「魔力の酷使による魔力欠乏症ですね。レティシアお嬢様、立てますか?」
「……うぅ」
なるほど、返事すらままならない状態という事か。
俺に気付かせず、ここまでよく頑張ったものだ。
「レティシアお嬢様、失礼します」
「ふぇ? っ!」
俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
事実、貴族の令嬢は全て姫と言える。以前にもレティシアを抱えた事があったが、こう人前となると恥ずかしいものだ。皆の視線がとても痛い。
冒険者組が先に帰っててよかった。ナタリーにこんな姿見られてたら、向こう十年くらい話のネタにされそうだ。
「ルナ殿下、行きましょう」
「え、えぇ。そうですね」
珍しくルナ王女の顔が赤い。風邪だろうか。
「うぅ……」
レティシア嬢の顔はもっと赤い。
顔から火魔法でも発動出来そうな赤さだ。
しかし、ルナ王女が赤くなる意味がわからない。これは一体どういう事だ?
がしかし、寮に戻る途中、何か考え事をしながら歩いていたルナ王女の言葉により、俺はその意味を知った。
「……そうですよね。
「は?」
「貴方とレティシアさんの事です。事前にそういったお話があったと父から聞いています」
「は?」
「確かにあの場ではレティシアさんを部屋へお連れする事が最優先。こういった選択肢が最適だという事も理解出来ます。けれど、耐性のない方々を前にあのような行為は、少々問題というか、目の毒というか目の保養というか……あ、決して羨ましいとかじゃなくてですね。物事には適切な対応というものがありまして、私はその事について言及してるだけであって、深い意味はないのです」
「は?」
「あ、もう部屋が見えました! あそこ、私の部屋です。ご存知でした? 私の部屋なんです! それではっ!」
……は?
最終的にレティシア嬢と同じくらい顔を赤くしたルナ王女は、俺から逃げるように部屋に戻って行った。存じ上げるも何も、隣の部屋で
「はぁ~……」
俺は深い溜め息を吐いた後、レティシア嬢を部屋まで連れて行った。
終始無言なこの
……入るしかないか。
「失礼致します」
部屋に入ると同時、フローラルというかファンシーな香りが俺の鼻腔を通った。一括りで言うならば、全男子が思い描くような女の子の部屋というべきだろうか。
しかも公爵令嬢。姫君であらせられる。
いくら俺が元首とはいえ、
「レティシア、おろすよ」
姫の自室だ。態度を元に戻すも……、
「……私の知らない腕力ですね」
レティシアの万力は俺の首から離れてくれなかった。
「あの、レティシア?」
「よよよ」
昭和の姫かよ。
どうやらある程度は回復したようだ。先程より元気があるのは、道中、レティシアを抱えながら俺が魔力の調整をしていたからだ。魔力を他者へ与える事は出来ない。しかし、外部から魔力を照射してやる事により、その波を一定にし、調整を図る事は可能だ。
「マスタングさんの言葉からして、夜の抜き打ち訓練はないと思いますけど、自主練しないと明日以降が
「はーいっ」
言いつつも、レティシア嬢は俺を離してくれなかった。
だが、部屋に迫る足音が、その力を緩めさせたのだ。
ここは姫の部屋。小国の王とまで言われる公爵の娘の部屋なのだ。
だが、部屋の扉は思い切り開かれた。
レティシアの部屋に入れる人物で、存在感だけで俺を圧倒出来る
「れ~てぃ~し~あ~?」
ミナジリ国の
ダークエメラの血をしっかり受け継ぎ、ダークナタリーへと変貌していらっしゃる。
「ひゅっひゅ~」
そんな圧力を受けつつも、レティシアはヘタクソな口笛を吹いていた。
とても面白い公爵令嬢である。
「……貴族の寮に乗り込んでくる冒険者も珍しいな、ナタリー」
「ミック、外で、『待て』よ」
「あ、はい」
マスタング講師から少なからず信頼を得た正規組だったが、それとこれとは別の話で、彼等も彼等で青い春を謳歌しているのだ。
そんな中の一幕として、ナタリーとレティシアの密会は、俺の中の記憶に深く残った。
まぁ、そんな事より自己紹介をさせてくれ。
世界の名だたる名士、君主が認めるミナジリ共和国の元首ミケラルド・オード・ミナジリ――そう、何を隠そう俺の事である。
そしてまたの名を番犬ミック。ナタリーの命令には逆らえない元首とは俺の事だぜ。
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