◆その407 初日の冒険者たち
「薬草採取なんて何年ぶりだ?」
「ランクG以来だな、もしかしたら受けた事もないやつだっているんじゃないか?」
そう言ったのは、オリハルコンズのメンバーであるハンとラッツだった。
「さっきの
「貴族の退学か?」
「あぁ、聖騎士団にいかに権力があろうと、貴族に盾突くのはやべぇんじゃねぇの?」
「ライゼン学校長も仰っていただろう。あれが例年通りなんだ。貴族の中には聖騎士という称号をお飾りと捉えている者もいる。だからこそ強制退学も多いという事だ」
「でも相手は貴族だぜ?」
「大半の貴族は聖騎士の真の意味を理解しているさ。法王陛下が導く法王国の質は悪いものではない。娘、息子の退学となればそれは貴族側の失態。あの伯爵家は、この先、数年間は後ろ指を差される事になるだろうな」
「うへぇ……そいつは恐ろしいな」
ハンが渋い顔を見せたところで、そこに一人の女が薬草の入った麻袋を手に現れた。いきなり現れた女を前に、ラッツが後退し、腰を落とす。
(速い。接近に気付けなかった……!)
(嘘だろっ!? バケモンかよ!?)
「ん?」
小首を傾げるのは、今しがた
(水龍……リバイアタン!)
(マジモンじゃねぇか!)
「何だラッツたちか」
「これは失礼しました。まさかリィたん殿とは」
「気にするな。ではな」
「「はい」」
と、リィたんはすぐに聖騎士学校へと向かってしまったのだ。
その背を追ったハンが呟く。
「あの方は何で聖騎士学校に入ったんだ?」
「さてな、だが、あの強さを目にすれば我々も知る事が出来るだろう」
「何を?」
「無論、強さの
「へいへい、相変わらず熱いこって」
肩を
「つぉっ!?」
バッと振り向き警戒するラッツ。
「ハンじゃない。道理で蹴り易そうな背中をしてると思ったわ」
「てめぇ、キッカ! 何しやがる!?」
「魔法使いの私に隙を衝かれるような背中をしてたから蹴ったのよ。さ、行くわよアリス」
「あ、はい!」
と、オリハルコンズのメンバーであるキッカとアリスが、二人の間を歩き抜けていく。
ぐぬぬと震えるハンだったが、キッカの言う事は事実だったが故、何も言い返せないでいた。
すると、ラッツがハンの肩にポンと手を載せる。
「そういう事だ」
「どういう事だよ!?」
「この薬草採取、冒険者からしたら非常に簡単。この先もしばらく冒険者ギルドでいう低ランクの任務があるだろう。だが、それを簡単だとたかをくくってこなしていれば、いずれどうなる?」
「……ま、金持ち組に追いつかれちまうだろうな」
「少数とはいえ、聖騎士学校は必ずランクS相当の聖騎士を育てあげる。その手腕を考えれば、その場所にたどり着けていない我々が驕る事など出来ないという事だ」
「確かにな」
理解を示したハンとラッツは、その後小一時間程で薬草の採取を終えたのだった。
◇◆◇ その夜 ◆◇◆
貴族たちの寮で行われた抜き打ち筋力トレーニングは、当然冒険者たち側にも訪れた。
だが、やはり冒険者にとっては日常以下の出来事と言えた。
「……ふぅ」
「着替えておいてよかったね、メアリィ」
廊下で立ち上がったのは、エルフ族長の娘ながら冒険者枠で聖騎士学校に入学したメアリィと、ナタリーだった。
メアリィがナタリーに頷く。
「でも、あれは想像出来なかったな」
メアリィがちらりと見たのは、廊下の端でマスタング講師と向き合う……リィたんだったのだ。
「何故、腕立て伏せなんだ?」
リィたんは腕を組み、マスタングを見る。
そう、多くの冒険者は腕立て伏せを終わらせていた。
しかし、リィたんだけはマスタングの言う事に従わなかったのだ。
冒険者の皆は、自室に戻るも、部屋の扉からこっそりとその動向を窺っていた。
「い、いいからやるのであーる!」
リィたんが水龍リバイアタンである事は周知の事実。
マスタング講師は怯えた目をするも、何とか職務を全うしていた。
「それが納得出来ないから聞いている」
「どういう意味であるかっ」
「私の正体は知っているな? ならば腕立て伏せなど、人間が小指を動かす程の負荷もない。私がそれをやる意味は?」
――リィたんは、
「そ、それを教える必要はないのである!」
「ここは
「考える事も学生の本分である!」
「それはもうした」
「へ?」
マスタング講師が目を丸くする。
「だがわからないのだ。教えてくれ、頼む」
そう、リィたんは本当にわからなかったのだ。
リィたんはすっと頭を下げ、マスタング講師を驚愕させた。
それは部屋の扉からその出来事を見守っていた全ての冒険者たちを驚かせたのだ。
「人間の常識は、龍族には難しい。任務なのであればやろう。がしかし、その意味を知らずにやるのは違うと思う」
頭を上げたリィたんは更に言葉を続けた。
「薬草採取は皆のためになる。それがわかったから私はすぐに動けた。だが、今回の任務は考えてもわからん。指示を出す者に聞くのが一番わかると思ったのだが……これも違うか?」
カタリを首を傾げるリィたんに、マスタング講師は反応出来ないでいた。
だが、徐々にリィたんの言葉を理解した彼は、少し考えてから言った。
「いや、間違ってないのである! なるほど、龍族の常識を考慮出来なかった私の不徳でもある! これは失礼した! 確かに、筋力を付けるという面を除外した時、腕立て伏せの意味は薄くなるのである! しかし、これは上官である
「確認作業?」
「指示を出した際、指示通りに動けない学生を把握し、それを正すという責務が
「初動が……遅れる」
顎先に手を添え、
しばらくの後、リィたんが顔を上げる。
「うむ、理解した。礼を言う」
「では、よろしいかな?」
微笑むマスタング講師。
「あぁ、腕立て伏せだったな。終わったぞ」
「へ?」
「見えなかったか? ではもう少しゆっくりとやろう。どうだ、見えたか?」
(……見えないのであーる!)
「こ、これくらいかっ!」
(っ!? 背に風魔法で風圧を当て、重力以上の下降速度を生み出して伏せているのであるか!? 見えないはずである!)
「調整が難しいぞ……!」
「う、うむ! 寝てよろしい!」
「そうか!」
無垢な瞳を向けるリィたんに、一瞬目を奪われたマスタング講師だったが、それ以上に明日以降の苦労を思い浮かべるのだった。
その動向を見守っていたナタリーとメアリィがくすりと笑う。
「負けてられないね」
「うん!」
こうして、聖騎士学校の初日が終わる。
明日以降、通常のカリキュラムに入ると共に、各講師による授業も始まる。
その中には当然、ミケラルド・オード・ミナジリの名前もあるのだった。
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