その406 絶望の初日
「うぅ……ごめんなさい。ごめんなさい」
そう呟きながらきょろきょろ周囲を見渡すのは、公爵令嬢のレティシア。
既にルナ王女の薬草採取は終わったものの、生憎と護衛は俺一人。
ルナ王女が先に帰る訳にもいかないのだ。
三人の内、一人だけがまだ終わっていない状況。最後の一人になった時の焦燥感、罪悪感はその人しかわからないものである。
だからといって手伝う訳にもいかない。別に協力が駄目という訳ではない。事実、ライゼン学校長は、何も禁じていなかった。
禁止事項がないのであれば手伝ってやりたいのだが、それではレティシアのためにならないのだ。
レティシアの背を見つめるルナ王女に、俺は耳打ちをする。
「あんまり見ていると、更にプレッシャー感じちゃいますよ」
「そ、そうなのですかっ? ではどのようにしたら……?」
「可能な限りあの子がストレスを感じない状況が必要ですね」
「む~……そうだ。この待ち時間を有効に使っている事をアピールすればいいのではありませんかっ?」
「悪くないですね。なんなら、ゆっくりするように命じてしまった方が楽かもしれません」
「はい、それでいきましょう」
がさつではあるが、心根は優しい王女だ事。
「レ、レティシア、焦らなくてもいいんですよ。私はルークと剣の修練をしています故」
巻き込まれたけどな。
「は、はい! ありがとうございます!」
「時間制限もないのです。ゆっくりとやりなさい。その分、私もルークと長く剣を交えられますから」
直後、俺の【超聴覚】が反応する。
「だ、だったら尚更急がなくちゃ……!」
何故レティシアは更に焦ったのだろうか?
とは言いつつも、結局レティシアは陽が沈む時刻まで薬草を探していた。
擦り傷、切傷、土汚れと。中々に腕白風なレティシアが完成したが、彼女は最後まで弱音を吐かずにやりきった。
貴族の令嬢にこうした強さがある事を知った俺は、ほんの少し嬉しくなった。
◇◆◇ ◆◇◆
聖騎士学校の教室に戻り、薬草を届けた俺たち。
「ほぉ」
ライゼン学校長は教壇の上でしっかりと待っていた。
そう、誰もいない教室で。教室内を見、レティシアが言う。
「うぅ……一番最後でした……」
ライゼン学校長がちらりと俺を見る。
「ふむ、護衛のルーク・ダルマ・ランナーだったかの?」
聖騎士学校内に、どんな
だからこそ、
「ルークとお呼びください、ライゼン学校長」
「うむ、ではルーク。お主がルナ王女殿下とサマリア公爵令嬢の護衛である事は報告を受けている。が、今回の薬草採取にお二人に助力しなかったのは何故か?」
腕白レティシアを見てそう思ったか。まぁ事実だけどな。
「護衛の解釈によるかと」
「というと?」
「陛下から賜った任は、お二人を無事聖騎士学校から卒業させる事。初日とはいえ、薬草採取という任務をこなせないのでは、これからの任務に支障が出るでしょう」
「なるほど、では護衛を使い薬草採取をした他の貴族連中についてはどう思う?」
「さぁ……ですが、これだけは言えます」
「ほぉ?」
「まだ初日は終わっていませんから」
ニヤリと笑うライゼン学校長。
「面白い答えだな」
「ありがとうございます」
「……うむ、規定量に達している。三人とも寮に戻ってよろしい」
人を騙しそうな明るい笑みを見せたライゼン学校長に敬礼した俺たちは、寮へ向かった。その途中、レティシアが俺に聞いてきた。
「ルーク、先程の『初日は終わってない』ってどういう意味です?」
俺はその質問をルナ王女に向ける。
「殿下はどう思われますか?」
「偽装が出来る任務もあれば、出来ない任務もあるという事でしょう」
流石はブライアン王の娘。聡明でいらっしゃる。
これに対し、レティシアが首を傾げる。
今頃優雅に紅茶でも飲んでる方々は、初日をどう乗り越えるのだろう。
「あ、お二人とも出来れば動きやすい服装に着替えておいてください」
「ですね」
「へ?」
聖騎士学校の制服。
考えてみれば過酷な任務を行う上での正装とは言い難い。
あくまでこれは見栄えを意識したものであり、本来は不要なものなのだ。
聖騎士が着用する鎧は年々軽量化されていると聞くし、パンツやスカートなんて穿こうものなら、任務に支障が出て然るべきだ。
夕食の後、それは起きた。
『点呼ー!!』
講師の怒号に近い声が聞こえてきた。
準備をしていたというのもあるのだろう。
薬草採取とは違い、最初に部屋から出てきたのは、ルナ王女、レティシア嬢、俺だった。
「ルナです!」
「レ、レティシアです!」
「ルークです」
「うむ、講師のマスタングであーる!」
マスタングというか、マウンテンというかそんな感じのゴリラが目の前にいた。何だこのゴリラは? 獣か魔族か? 人……? いやいや馬鹿な?
申し訳程度の髪の毛と、物凄い胸毛と腕毛。モンスターの類かもしれない。
「では、その場で腕立て百回!」
「「はい!」」
まぁ二人は覚悟していただけあって、順応性があるよな。
寝間着姿で出て来る者もいれば、ドアから外を覗くように見る者も見受けられる。
「終わりました」
「うむ、元気はないがいいだろう。寝てよし!」
「はっ」
という具合に、俺はいち早くそれを乗り切った。
未だ廊下に出て来ない貴族たちは、これから知る事になるのだろう。
これはまだ絶望の幕開けに過ぎないのだと。
悲鳴や悲痛という名の
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