その402 入学祝
◇◆◇ ミナジリ暦二年 四月四日 ◆◇◆
ジェイルがあの荒地に置き去りされているとは思わなかった。一時、「【闇空間】に入る事さえも考えた」と言うくらい困ったらしいが、何とか戻って来られて何よりだ。
「それではミック、我々は先に向かってるぞっ」
心なしかリィたんの声が弾んで聞こえる。
それはナタリーも同じようだ。
「お父さん、お母さん、休みの日には戻って来るからね!」
いつも微笑みを浮かべているエメラは、いつも通りのエメラだが、父親のクロードは娘の
「しっかり成長してきなさい」
エメラの言葉に、ナタリーが大きく頷く。
クロードはナタリーの両肩にトンと手を置き……ただ泣いた。
何だあの可愛い父親は? 新手のマスコットキャラクターだろうか?
苦笑するナタリーの隣に、シェルフ族長ローディの娘であるメアリィ、そのお付きの護衛クレアがやってくる。
「皆さん、それでは、行きましょう」
「あ、メアリィ様お待ちを」
エメラ商会へ転移していく二人。
まぁ、リィたんが先に行ってるから大丈夫だろう。
歳こそバラバラだが、聖騎士学校で学ぶべき事も多いだろう。
期間は二年。それだけの間、法王国に長居する事になるのだ。出来れば闇ギルドに壊滅的なダメージを与えたいところだ。
そして何より、皆の戦力向上と、横の繋がりの強化。
正直、レティシアとルナ王女の護衛を依頼された時はどうなるかとも思ったが、執政から離れ、法王国に滞在出来る事を考えると悪くない結果なのだろう。
俺に時間と余裕をくれたロレッソには本当に感謝だな。
「じゃあミック、後でね」
「おう、俺もリーガル国から
ナタリーの転移を見送った後、俺はリーガル国へと向かった。
勇者エメリーは剣神イヅナと一緒に行動している。彼女はもう法王国にいるだろう。
◇◆◇ ◆◇◆
首都リーガルに着いた俺は、サマリア公爵家の別邸へと向かった。
そこで待っていたのは、
「ミックー!」
と、抱き着いてくるレティシア嬢。これは俺への入学祝か何かだろうか?
レティシアはまだ十二歳。個人的には親戚の子供のような感覚なのだが、以前貴族だった頃、レティシアと俺との間に婚姻の話が出た事もあって、レティシア嬢はどうも俺の事を意識しているそうだ。
それをロレッソに話した時、あんにゃろ「それは良き話です。是非とも交友を深めてください」って言いながらスケジュール帳に何か記入してたな。どうしよう、スケジュールに【結婚予定日】とか書かれてたら。
まぁ、予定立てて結婚するのが貴族界だ。政略結婚が当たり前の世界で俺が何を吠えても変わらないのかもしれない。
がしかし、俺は戦う事をやめない。全ては俺の安寧のために。
「レティシア、学校でこういう事しちゃ駄目だからね?」
「はい、だから今だけです」
ふふりと笑いながらレティシアの腕に力が入る。
俺は微笑みながらランドルフを見る。
「この子、俺の言ってる事が伝わってないぞ」と言いたげな目を向けて。
だが、ランドルフはうんうんと嬉しそうに頷くばかりである。
『いや、止めてくださいよ!?』
『ぬ? いや、ミックも笑ってたじゃないか』
何もしないランドルフに【テレパシー】を発動しても、俺の思いは届かない。
『言葉通り、表情通りに受け取る貴族がどこにいるんですか!』
『我らの間にそのようなモノが介在すると!?』
いや、有難い信頼だけどさ、そうじゃねぇんだよな。
まぁ、ランドルフとしては他国の元首と自分の娘が結婚するかもしれないのだ。はやる気持ちもあるだろう。その他国というのも、今や
俺がランドルフだとしたら、確かに喜ぶべき縁談とも言える。
「こらレティシア、ミケラルド様に失礼ですよ」
と、仲裁をしてくれたのはブライアン王の娘――ルナ王女だった。
だが、
「ふふふ、ルナ様も交ざりますか?」
レティシアの言葉は、その仲裁を一気に破壊したのだ。
「なっ! そ、そういうのはいいですから、は、早くミケラルド様から離れるのですっ!」
「む~、残念です」
言いながらレティシアはようやく俺を離してくれた。
こんな一幕を聖女アリスやナタリーが見ていたら何て言われただろう。
いや、あの二人なら何も言わずに警備兵を呼んでいるだろう。で、マックスあたりがやってきて俺を連行して事情聴取でもしそうだ。
しかしこの二人、仲は悪くなさそうだな。
確かルナ王女は十四歳だったか。そこまで離れていないし、王家と公爵家だ。何かと繋がりもあるのだろう。
「ミケラルド様、私共の護衛という事もあり、何かと無礼を働いてしまうかと存じますが何卒」
「大丈夫ですよ。それと、これからはルークでお願いします」
「はい、ではルーク。行きましょう、法王国に!」
こうして俺たちは、サマリア公爵家のランドルフ、奥方のリンダ、長男のラファエロ、執事のゼフに見送られ、法王国に向かうのだった。
聖騎士学校の講師兼学生以外に……闇ギルド員兼冒険者ギルド員兼一国の元首と。そういえば商店のオーナーもしてたなぁと思いつつ、俺は聖騎士学校に期待を寄せるのだった。
そう、やってくるはずのなかった青春に。
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