その384 侍女ミィたん

「法王陛下」

「何かね、ミィたん?」

「気まずいですね」

「それはそうだろう。何たって三人だけだからな」


 豪華絢爛な馬車に乗り込んだはいいが、やはり、法王クルス、クリス王女、存在Xそんざいエックスでは話は弾まないし、息苦しい。クリス王女の顔立ちがとてもよろしいので個人的には飽きはこない。だがしかし、それとこれとは話は違うのだ。

 そもそも、法王がミナジリ共和国に来る際は、リィたんを護衛に付けるはずだったし、事実、法王クルスにもそう伝えていた。

 がしかし、ミナジリ共和国とリプトゥア国との間に起こった戦争がきっかけで状況が変わったのだ。今回は、ただの訪問ではなく、【真・世界協定】が開催される。だからこそ、俺は法王国に護衛を出せなくなった。

 何故なら、これはミナジリ共和国と法王国の問題ではなく、世界規模の話だからだ。そんな中、ミナジリ共和国が法王国だけに護衛を出したら国家間での軋轢あつれきが生じかねない。

 冒険者ギルドが動くのは必然だったのだ。

 そして、冒険者であれば俺やリィたんが個人で動ける領分なのだ。

 こうして顔を変えなくちゃいけないのは、俺も生きにくい世界にどっぷり足をつけている証拠とも言えるが、法王クルスの影響力は非常に大きい。

 ここで彼を失う訳にはいかないし、今後のミナジリ共和国のためにも、この護衛依頼は重要とも言える。

 ……のだが、やはりそれとこれとも話は違うのだ。


「ミィたん殿、聞こえているのですが?」


 クリス王女からクレームが届く。


「聞こえないように言ったら余計気まずくなりそうで」

「……確かに」


 少し考えた後、クリス王女は納得に追い込まれてしまった。


「普段、このような時、法王陛下はどのようにお時間を使うのです?」


 俺も新米と言えど一国の元首。

 世界のリーダーとも言える法王クルスがいつもどうしているのか、参考にしよう。


「ふむ、そうだな。……次のいたずらについて思考を巡らせている」


 参考にした相手が悪かった。

 そうだった、彼は俺と同類とも言える人物。

 俺も大体そんな感じだ。

 額を手で抱えるクリス王女。父のこのような姿は頭痛の種のようだ。


陛下、、


 へぇ、クリス王女、こういうところではちゃんと公私を使い分けているのか。

 俺と戦ってから、少しは成長したのだろうか。


「何かね、クリス?」

「あれから、私なりに考えてみました」


 もしかして、法王クルスが出発前に言った意図についてだろうか?


「陛下はあの時、仰いました。『力は信頼している』と」


 やはりそうか。

 彼女なりに、この無言空間を有効利用していた訳だ。

 となると、聞き耳対策、、、、、が必要だな。


「アーダインおじさまがミィたんさんを陛下の護衛に付けた理由、それは……聖騎士団に信の置けない者がいるという事でしょうか?」


 そう言ったクリス王女を前に、法王クルスはちらりと俺を見た。

 俺は一つ頷き、彼に発言を任せた。


「……クリス、まず最初に、そういった話をする時は、必ず音の遮断をしてからだ」

「あ……」

「案ずるな、ミィたん殿が既にしている」

「嘘……? 魔法の発動に気付けなかった……」

「大事なのは『いつ発動したか』ではなく、『いつ発動するか』だ」

「は、はい。失礼致しました」


 珍しくパパ、、してるじゃないか。

 さては、クリス王女が遅れながらも自分の意図に気付いた事が、嬉しくて仕方ないな?


「ふむ、退屈しのぎにはいい話題かもしれないな」

「中々物騒な話でもありますけどね」


 俺の言葉にニカリと笑った法王クルスが、再びクリス王女に向く。


「さて、クリスは【看破】という【特殊能力】を知っているかね?」


 俺が保有している能力か。

 リーガル国のサマリア公爵家の令嬢――レティシアから得た能力。それが【看破】である。発動すれば、他者の悪意を色の濃度によって見分ける事が出来る能力。悪人からすれば、これ程厄介な能力はない。


「勿論知っております」

「うむ、大変希少な能力、それが【看破】だ。がしかし、この能力には落し穴が存在する。それが何かわかるかね?」

「それは……悪意がわかるだけで、実際にその者が悪事を働いたかはわからないという点でしょうか」

「はははは、それでは及第点だな」


 及第点に乗ったんだ、褒めてやってもいいだろうに。


「……申し訳ありません、わかりません」

「ふむ、ではミィたん殿はいかがかな?」


 答えを俺に出させるのか。

 まぁ、他者を通じて伝えるのが悪いとは言わないけどな。

 俺は鼻息をすんと吐いてからクリス王女に伝えた。


「……【看破】の能力は、悪意に反応します。しかし、例外として悪人から悪意の反応を見られないケースがあります」

「本当ですかっ!?」

「悪人が悪を理解して行動している場合は悪意の反応があります。しかし、悪人が悪を――そう、正義として理解している場合、【看破】は反応を示さないのです」

「それってつまり……!」

「根っからの悪人には【看破】は通じないという事です」


 リプトゥア国のゲオルグ王がこれに該当した。何とも恐ろしいヤツだったな。

 しばらく考えた後、クリス王女がハッと何かに気付く。


「っ! もしや、もしや陛下は……聖騎士の中にその者がいるとっ!?」


 法王国の精鋭、聖騎士団。

 このタイミングで冒険者を招致したという事は、もしかして法王クルスは聖騎士団の膿掃除を考えているのかもしれない。

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