その383 クルスの護衛

 護衛当日。

 ホーリーキャッスルの貴賓室。


「……イイ」


 法王クルスから引き出したその言葉は、かつてリプトゥア国で聞いた言葉だった。その言葉を吐いた男の名はダイモン。娘のコリンが奴隷になりそうだったから助けた時、俺はある作戦を実行した。

 俺の能力【チェンジ】を使い、姿カタチを変え、リプトゥア国の闇奴隷商コバックに近付いたのだ。

 輝くブロンド。青い瞳に透き通るような白い肌。

 前回とは違い、露出の控えた侍女風衣装。


「イイ……」

「陛下、二回目にございます」


 こうべを垂れながら言うと、法王クルスはハッと我に返り、一つ咳払いをした。


「あ、うん。そ、そうだったな。コホン、其方そなた、名を何と申す?」

「【ミィたん】とお呼びください」

「それは何とも……安直ではないか?」

「なにぶん急だったもので」

「むっ、すまん。そう言われては何も言えぬな」


 と、法王クルスが言ったところでアーダインが近寄って来る。


「まさか女に化けるとは思わなかった」

「侍女として、陛下に身の回りのお世話を……しません」


 俺がアーダインにそう言うと、


「しないのかっ!?」


 まぁ、法王クルスの驚きはどうでもよかった。


「あくまで護衛ですよ、護衛。これならクルス殿の馬車に乗り込めるでしょう」

「あいや、そうもいかないかもしれん」

「はぇ?」


 俺が首を傾げると、クルスがもじもじし始めた。

 何この法王、きもちわるい。


「娘がな、乗るのだ」

「クリス王女が?」

「クリスがだ」

「聖騎士扱いで護衛に回す事は?」

「聖騎士団長命令でな。余の権利を離れてしまっている」

「聖騎士団長――確か【神聖騎士しんせいきし】の一人の?」

「あぁ、神聖騎士【オルグ】。余に迫る発言力を有した聖騎士団の団長だ」


 神聖騎士。

 以前、法王国に来た時、騎士団のストラッグがその存在を教えてくれた。確か神聖騎士はイヅナに近い実力を持ち、法王国内に二人いるとか。

 その内の一人がその【オルグ】という訳だ。


「事実、クリスはこういった事態のために聖騎士学校に入ったと言っても過言ではない」

「クルス殿の身辺警護のため?」

「そうだ。実の娘の警護程、安心出来るものはないからな」


 だが、それは同時に娘が危険に晒されるという事。

 まぁ、法王クルスには何人かの子息がいると聞く。王位継承権のないクリスが収まるには、聖騎士が悪い位置とも言えない訳だ。


「わかりました。まずはクリス王女に同乗の許可をもらいましょう」

「本気か!?」

「そもそも許可はいらないですけどね。話を通すだけは通しておきましょう」

「むぅ、不安だが仕方ない。案内しよう」


 そんな法王クルスの言葉と共に、俺とアーダインはクリス王女の部屋へと向かった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「クリス、私だ」

『父上? お待ちを、今開けます』


 部屋を開けたクリス王女は、まず父のクルスを見、アーダインを見、最後に俺を見た。


「アーダインおじさま、お久しぶりです」

「ふっ、元気そうだな」


 三メートル近い男が美女にニヤリと笑いながら喋ってる。違和感を覚える光景だ。


「そちらの侍女の方は? 見かけない方のようですが?」

「その件で話があってやってきた」

「……かしこまりました。どうぞ中へ」


 部屋の中に入ると、そこは正にお姫様の部屋! という訳でもなかった。確かに上品な感じはするものの、どこかガサツさが見え隠れするような内装だった。

 まぁ、騎士って感じはするよな。


「侍女のお話とは珍しい。……新たなそばめとも見えませんが?」


 元気だな、法王。


「単刀直入に言う。この者は余の護衛だ」


 ここでピクリと反応するクリス王女。


「私が用意した」

「アーダインおじさまが……?」

「そうだ」


 アーダインが言い切ると、クリス王女の手が強く握られた。


「……聖騎士は法王陛下の槍。その力を信頼されていないと?」

「力は信頼している」


 法王クルスの言葉には意図がある。

 だが、その意図を全ての者が拾えるか、と言えばそうでもない。


「つまり、父上の馬車にその者が乗るという事でしょうか?」

「話だけは通しておきたくてな」


 にゃろう、俺の言葉をとりやがった。


「そう……ですか」


 やはり、意図までは汲めなかったか。

 すると、アーダインがフォローを入れた。


「すまんな、リプトゥア国とミナジリ共和国の戦争時、地龍が現れただろう。あれを前にした時、私や聖騎士団だけでは対処が難しいと判断したまでだ」


 ナイスフォローだ、アーダイン。

 クルスの顔も素晴らしい。


「……この方にそれだけの力があるのですか?」


 おい、何故全員俺を見る?


「あるんじゃないか?」


 俺に聞くな、クルス。


「あるかもしれない」


 予想で人を語るな、アーダイン。


「あるのですか?」


 親子揃って聞くなよ、クリス。


「……精一杯尽力致します。が、私としては何事も起きない事を願うばかりです」


 教科書通りの回答を言った俺に、すんと鼻息を吐いたクリス王女。

 がしかし、先程よりかは疑念は晴れた様子だ。


「……わかりました。どうぞよろしくお願いします」


 どうやら、マイナススタートではないものの、プラスになったとも言えないようだ。

 クリス王女の部屋から出た法王クルスが、俯き手で顔を塞ぐ。


「嫌われただろうか……!」


 先行きが不安過ぎるミケラルド君だった。

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