その374 午後の予定2

 ◇◆◇ クレアの場合 ◆◇◆


 午前の疲れを癒そうと、町中の甘味処に入った時の事だった。


「け、結婚ですかっ?」


 それは、余りにも突然なご申告だった。


「そうです。私もそろそろ結婚を考える時期だと思いました」


 シェルフの姫であり、ミナジリ共和国のシェルフ大使であるメアリィ様の、強い意思表示。


「メ、メアリィ様にはまだ早いのかと……」

「あらどうして? お母様は十三の時、既にお父様との婚約をしていたと聞きました。私もナタリーと同じ十二。可能性はゼロではないでしょう?」


 こういった色恋沙汰や政治の話になると、普段のあどけなさが消えるところがメアリィ様の怖いところだ。

 確かにディーン様とアイリス様は、お若い頃から相思相愛だった。


「けれどメアリィ様。メアリィ様には意中の方はいらっしゃるので? 長らく側仕えを務めておりますが、そういった印象はあまりないような」

「問題なのはそれなんです」


 ぷくりと膨れるメアリィ様は何と可愛らしい。

 やはり、まだそういう事には早いのでしょう。


「私、シェルフの族長継がなくちゃ駄目かな?」

「っ!? い、いきなり何を仰るのですか!? コホッコホッ!」


 思わず焼き菓子を噴き出すところだった。

 一体全体何故そんな話になったのか。これは問いたださなければならない。

 これはそう、シェルフの命運がかかっていると言っても過言ではないのだから。


「……一体何をお考えで?」

「ミナジリ共和国のきさきなんてどうかな?」


 予想を遥かに上回るとんでもない発言だった。


「ミケラルド様は魔族ですよっ」


 それは既に各国の周知の事実ではあるけれど、声を落としてしまった。

 仕方がありません。これはそれだけ重大な問題なのだから。


「それって障害?」


 何故ここだけはあどけなさ全開で来るのだろう。


「とてつもなく」

「でも、ミケラルドさん以外に誰かいますか?」

「シェルフは小さな国といえど多くの民がおります。その中からゆっくりと探すのも一つの手ではないでしょうか……」


 というか、それが最善手であり、唯一の道とも言える。


「シェルフでは今、ミケラルドさんが何と呼ばれているか知っていますか?」

「救世主……ですね」


 シェルフの存亡のかかったダークマーダラー討伐をし、龍の血を使いアイリス様のご病気を治し、果ては各国にミナジリ共和国の戦争を見せた。

 最早もはやミケラルド様は赤子でさえも知っている程、有名な御方。


「そもそも、何故ミケラルド様なのですか?」

「ん~、最初は素敵な人って印象だったんですけど、ミナジリ共和国の大使をやってから、それ以上の事がわかりました」

「それ以上?」

「あの人程、皆の気持ちをワクワクドキドキさせてくれる方はいません」


 一国の元首なのに冒険者をやりつつ、やり手の商人。

 既に数えきれない程の功績。ヒップウォッシュを売り出したのが遠い昔のよう。

 それなのに、ミナジリ共和国には多くの娯楽が生まれた。

 温泉、賭場、冷菓、カード、ボードゲーム。エルフの中には既にミナジリ共和国の永住を宣言する者もいる。

 ダドリーもローディ族長の護衛がなければこちらに来たいと言ってるくらいだ。確かに、ミケラルド様は皆の心を掻き立てる。


「ね?」


 何が「ね?」なのかわかりません。

 感性は独特ですが、メアリィ様はメアリィ様でシェルフの事を考えている。

 族長を継ぐにしても、相手が国家の元首ともなれば結婚する事は難しい。

 けれど、エルフの中にはメアリィ様のお眼鏡にかなう者はいない。

 なるほど、だからこその「私、シェルフの族長継がなくちゃ駄目かな?」なのか。


「妙案が浮かびました!」


 バッと立ち上がるメアリィ様。

 とても良い笑顔でいらっしゃる。えぇ、嫌な予感しかしないけれど。


「ミナジリ共和国に戻ったらシェルフに連絡をとります」

「して、それはどのようなご連絡を?」

「お父様とお母様にお願いをするのです!」

「どのようなお願いを?」

「弟か妹を強請ねだるのです!」


 嫌な予感、大当たりです。

 確かに、もう一人お世継ぎが生まれれば、メアリィ様も族長の継承権を放棄する事も可能……なんでしょうか?

 ですが、不可能という訳でもないかもしれません。

 けれど解せない点があります。こうして色々な算段を企てていらっしゃるメアリィ様に、ミケラルド様への好意は存在するのだろうか。


「こうしてはいられません! 早速、今日の夕食からアプローチです!」


 いえ、もし新たな世継ぎが生まれたとしたら、別に早急に結婚相手を決める必要もないのでは?


「ライバルは多そうですからね! 善は急げとも言います。早目早目がいいでしょうね!」


 なるほど。そういう事でしたか。

 問題だったのは理由探し。他国の元首との結婚ソレを肯定出来るだけの材料探しだったという訳ですね。

 私とした事が、本質を見失ってしまうところでした。

 メアリィ様はまだ十二。順序が逆になろうと、そこに好意は確かに存在していたのです。

 まったく、困った方です。


「クレア! 早速おめかしの準備です! 付き合ってください!」

「かしこまりました、メアリィ様」


 付き合いましょう、どこまでも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る