その373 午後の予定1

 ◇◆◇ レミリアの場合 ◆◇◆


 今日のダンジョン、結果は悪くなかったがおいしいところをエメリーにもっていかれてしまった。

 いや、あのタイミングを狙い澄ましたエメリーの実力あってこそか。


「あら、いらっしゃいませ」

「はぇ? エ、エメラ殿っ? 何故ここに?」

「ここってエメラ商会ですけど?」


 そうか、確かミケラルド商店の事業で女物の商品を取り扱う店舗を出店したという話だった。そうか、それがこのエメラ商会か。


「き、気付かず入ってしまいました。武具のオーダーメイドという文字が目に入ってしまい……その……」

「うふふ、既に新調されたのに、ですか?」

「これはその……」

「それってミケラルドさんが仕立てた軽鎧けいがいですよね? 少し見ても?」

「ん? あぁ、構いませんが」


 リプトゥア国との戦争直前、あの長丁場の会議のポイントで得たこのオリハルコンの軽鎧けいがい

 これまでのオーダーメイドと違い、かなり機動性、機能性に優れている。繋ぎに使われているミスリルの糸が絶妙なのだろう。


「ふんふん……あぁ、ここが後ろに通ってるからウエストも引き締まって見えるし、鎧ズレもおきないのね。流石ミケラルドさん」


 しかし流石は【咬王ミケラルド】殿の右腕と称されるエメラ殿だ。元々は冒険者をやっていたと聞くが、商売を始めてから天性の才が開花したとミケラルド殿は言っていたな。

 眼力と視線が完全に本職のソレだ。


「ダメね」


 何だと!?


「……えっと、何がダメなのでしょう?」

「美しくありません」

「うつ……く? い、いえ、それは戦闘に必要ないものです! 確かに剣技の美しさ、といった表現はありますが、戦闘には外見的美しさは必要ないのです!」

「あらあら、何を慌ててるんですか? 町歩きなら、町歩き用の服装を用意した方がいいと言ったんですよ、私」

「……へ?」


 一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。

 だが、彼女が二回手を打った瞬間、私は悪寒に襲われたのだ。

 背後に……五人だと?

 何だこの店員たちは? 私に気取らせずここまで忍び寄ったというのか、この一瞬で?

 二人は採寸用の紐を、二人は鏡とメイク道具を、最後の一人は目を輝かせてただ手をワキワキさせている。

 こ、これは一旦逃げなくては……!


「あらあら、逃がしませんよ?」


 馬鹿な!?

 離脱行動に入った私が後の先を奪われるだと!?

 本当に商人なのか、エメラ殿は!?


「安心してください、お代は結構です……」

「そ、それはダメなんじゃないか!? そ、そのアレだ! 経営的なアレで!」

「私を言い負かすつもりならもう少し弁舌を学ばれた方がいいですよ」


 あれは本当に人の目か!?


「大丈夫、お代はオーナーの給料から引いておきます」

「そ、それってミケラルド殿……!? 流石にそれはまずいだろう!」

「あらあら、まだミケラルドさんをおわかりになっていらっしゃいませんね。こういう時、ミケラルドさんは言います。『よろしくどうぞ!』と!」


 直後、私は六人の女たちに襲われた。

 正確な採寸と綿密なデザイン討論。営業そっちのけで客の淑女たちも便乗した。おかしい、私が振り解けないのは何故だ。

 そう思いながら私は店員たちの呪文のような「よろしくどうぞ!」を聞いていた。

 ……ふっ、私は負けたのだな。

 執念という名の……執念に。

 やはり弁舌は鍛えるべきだろうか。


「「あらあらまぁまぁ」」


 まったく、皆して頬を赤めて。

 風邪ではないのか?


 ◇◆◇ エメリーの場合 ◆◇◆


「へっくちっ」

「風邪かな、エメリー?」

「あいえ、すみませんでしたっ!」


 まずいまずい、法王クルス様の前でクシャミしちゃった。でも、どうしてか止められなかった。

 クシャミする一瞬、レミリアさんの事が頭に過ぎったけど……偶然?

 ……うん、そんな事もあるよね。


「そ、それで、今日はどういった御用でしょうか」


 まさか食べ歩きしてたら騎士さんに呼び止められると思わなかった。……あのグランドクロス丼、もうちょっと食べたかったなぁ。


「何、リプトゥア国との戦争を乗り越えたエメリーが壮健かと案じていたのだが……どんぶりを片手に食べ歩くくらいだ。ふむ、問題は無さそうだな」


 報告した騎士さんは恨んでいいよね。

 神様も許してくれるよね。


「あ、あはは、本当はもうちょっと大変だったんですけど、ミケラルドさんのお陰で何とかなりまひた…………」

「見事に噛んだな」

「……すみません」


 おかしい、気をつけているんだけどな。

 貴賓きひん室なのは不幸中の幸い……かな。


「いや、相変わらずで安心した。アリスもミックのお陰で徐々に成長している。最初はどうなる事かと思ったが、このままいけば【聖加護】の力もその内解放されるだろう」

「本当ですか! じゃあアリスちゃんと一緒に行動出来るのも近いですね!」

「あぁ、リプトゥア国という障害もあったが、ここまでくれば互いに成長してから合流した方がお互いのためにもなる」

「それじゃあ、次の合流は……聖騎士学校ですね!」


 瞬間、私の背後に気配がした。


「いや、それはどうかの」


 振り向くとそこには皇后アイビス様がいた。


「これはアイビス様、お久しぶりですっ」

「久しいのう、息災か?」

「息災です! あ、それで今のどういう意味ですか?」

「言葉通りじゃ、アリスのパーティはまだ審査を終えていない。ミケラルド殿の話ではアリスの実力は足切りラインに乗りそうとの事」

「で、でもアリスちゃんは聖女で……」

「聖騎士学校は騎士の育成を重視しているが故、戦闘力に特化した者を優先して選抜される。聖女といえど実力が達していなければ振り落とされるだけよ」

「そう、ですか……」


 すると、クルス様が言った。


「まぁ、本当に振り落とされたら大人の力を使う」

「これ、言うでない。今厳しい現実を見せたばかりというに……!」

「はははは、すまん。が早かったか」

「だからクリスめられるのだ」

「あ、今それを言うかっ?」


 夫婦喧嘩でも始まってしまうのだろうか、そう思った時、アイビス様はすぐに話題を変えた。


「ところで、何故エメリーがここにおる? もしや今日が審査だったのかえ?」


 流石にクルス様の扱いが上手い。


「あ、そうです。この後、ミケラルドさんとご飯なんです!」

「ほぉ……!」


 直後、アイビス様はクルス様を見た。


「クルス、出ていけ」

「……言うと思ったよ」


 今のアイコンタクトにどんな会話があったのか気になる。


「流石はわらわの旦那じゃ」

「へいへい、温泉でも入ってくるかー」


 と、クルス様は貴賓室から出て行ってしまった。

 しんと静まり返る貴賓室。


「エメリー、脱ぎなさい」

「はい! …………はぃ!?」

「殿方と食事なのであろう? 淑女には淑女の準備というものがある。それを学ぶいい機会。逃す手はないぞえ?」


 これは……窮屈なお店になりそうな予感。


「……は、ははは」

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