◆その328 戦争日和

「おいミック」


 口をへの字に結ぶオベイルが横目で言う。


「何でしょう?」

「やりにくい」

「おや、そうですか?」


 微笑むミケラルドの素顔は吸血鬼のもの。

 皆、警戒こそないもののその表情は微妙なものだった。


「では戻しましょう」


 顔色、瞳の色、牙を人間仕様に戻し、更に皆を驚かせるミケラルド。


「気持ち悪ぃ」


 オベイルの感想は極めて真っ直ぐ。ストレートとも言えた。


「悲しくて泣いちゃいます」

「せめて悲しそうにしてから言え」

「こんな魔族もいるって事ですよ」

「そんな魔族は後にも先にもお前一人で十分だってんだ」

「はははは、そうですか」

「それで? 戦争日和と言っても今日はリプトゥア国の軍やら何やらがリプトゥア国を発つ日だ。到着には早くても三日はかかるだろ? 今日から警戒するもんなのか?」


 オベイルの疑問はもっともだった。

 すると、ミケラルドは嘆くように、しかしわざとらしく言った。


「既に配下のラジーンが斥候部隊を捕縛したとの報告が入ってます」

「……早ぇな」

「えぇ、早すぎます。おそらく、予めミナジリ共和国に潜伏していた間者がつどった部隊でしょう。実力もまちまちで高くてもランクA程だったと」

「それでも脅威にゃ違いねぇだろ」

「百人ずつ来てくれれば楽なんですけどねぇ」

「はははは、そりゃただの喧嘩だ」


 その会話を聞き、首を横に振るのは剣聖レミリア勇者エメリーだった。


「ボン」


 要塞の上部から平原を見つめるイヅナが、ミケラルドに声を掛ける。


「何でしょう?」

「リプトゥアへの草はおらなんだか?」

「さっき仕込みました」

「ここは本当に国か?」

「まだ未開の国って事で許してください」


 イヅナの皮肉も、ミケラルドには届かない。

 それを聞いていたエメリーが一歩前に出て二人に聞く。


「草ってなんですか?」


 そんな純粋ピュアな疑問に、イヅナが片眉を上げる。

 答えに困ったイヅナに代わり、ミケラルドがすかさずフォローを入れる。


「私は笑える時によく『草』って言ってました」

「へ?」

「冗談ですよ。草ってのは間者の事です。山野さんやの草に伏して色んな情報探ったりする事からそう呼ばれてます。スパイですよスパイ」

「なるほど。……国ってそんな事までするんですね」

「どこの国でもやってますよ。特にこんな出来たばかりの国なんて恰好かっこうまとです」

「でも、ミケラルドさんはついさっきまで草を仕込んでなかったんですよね。何でですか?」

「自分の目や耳で見聞きした方が面白いじゃないですか」


 意外な答えに目を丸くするエメリー、レミリア、オベイル。


「ほっほっほっほ!」


 そしてイヅナが大きく笑う。

 くすりと笑ったエメリーとレミリアが見合い、オベイルが呆れながら苦笑する。


「そういえばミケラルドさん、リプトゥア国が私に勇者の剣を渡させなかった時、夜中に忍び込んで来ましたもんね」

「あぁ? リプトゥアはそんな事までやったのか?」

「……えぇ」


 それを聞いたオベイルが顔を顰める。そしてそれはイヅナも同じだった。


「この世界は謎だらけですよ」


 肩を竦めたミケラルドは平原を見据え、そして目を落とす。


(闇ギルドの所在と所属するメンバー。リプトゥア国と魔族の関係。魔族が魔王の復活を阻止する理由。リィたんから聞いたスパニッシュのあの言葉、、、、。そしてその時の状況。更には俺の中身……と。どれもが謎だらけで本当に困ったものだ)


 ◇◆◇ ◆◇◆


 リーガル国はリーガル城。

 リーガル国の王商おうしょう――ドマーク商会のドマークが貴賓室にてブライアン王と顔を合わせていた。


「荷は?」

「驚く程スムーズに盗賊、、に奪われました。いやはや困ったものです」

「何と恐ろしい盗賊か」

「盗賊めがこれを落として、、、、行きましたな」

「ほぉ?」


 ドマークがブライアン王に手渡した書簡。それを開いたブライアン王がニヤリと笑う。


「何と?」

「何と恐ろしい盗賊だ。近々リーガル国の街道に勝手に聖水路を敷く計画書だぞ、これは?」

「それは恐ろしいですな」

「……盗賊め、余に借りを作らないつもりか」

「流石ですな。あちらとしては大赤字でしょう」

「だからこそよ」

「えぇ。貸すつもりが貸されてしまいましたな」

「成長している。余が驚く程に」

「傑人も傑人、大傑人と言えるでしょう」

「嫉妬を覚える程だ」

「何と、あのブライアン王が? ははは、それは面白い!」

「言っておれ」


 すんと鼻息を吐いたブライアン王。笑いを堪えるのに必死のドマーク。

 そんな二人に届いたノック音。がさつなノックも、ブライアン王が怒る事はない。


「入れ」


 扉から貴賓室に入って来たのは、一人の女。


父上、、

「【ルナ、、】か」


 茶髪の女は若く、身体も成長し切ってはいなかった。

 しかし、その視線は強く、表情に意思の強さも見える。

 彼女の名は【ルナ】。

 成人を迎えていない故、公の場に出る事は少ないが、紛れもなくブライアン王の一人娘である。

 ドマークが一度立ち上がり、静かに頭を下げる。


「これは姫、ご機嫌うるわしゅう」

「ドマークおじさん、無事なの?」

「ほっほっほ、無論。問題などありはしませんぞ」

「でも、盗賊に積荷を奪われちゃったんでしょ?」

「それはまぁ……そうですな」


 全てをルナに話せるはずもなく、ドマークは返答に困りながらも肯定するしかなかった。

 ルナはブライアン王に向き直り、姿勢を正す。


「父上、この調査、私にお任せください」

「ほぉ、面白い」


 ニヤリと笑ったブライアン王が続けて言う。


「では、ルナ。もしこの一件の真相がわかったあかつきには、お前の聖騎士学校入学を検討しよう」

「っ! 全力で調査致します!」


 この十数秒後、ルナは貴賓室の扉の外で、強く拳を握るのだった。

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