◆その327 夜明け
静寂響くミナジリ共和国。
時刻は早朝五時を迎え、ミナジリ邸に陽の光が差し込む。
一人用のソファに腰を沈め、時をその時を待っている男――ミケラルド・オード・ミナジリ。
ドアの奥からノック音が響く。
『ミック、私だ。入るぞ』
声の主は、水龍リバイアタンのリィたん。
部屋に入るも、リィたんはその入り口で立ち止まる。
目を丸くしたリィたんが驚いたのには理由がある。
それは、部屋に充満する極めて濃密な魔力にあった。ミケラルドを中心に渦を巻くように回るソレは、水龍リバイアタンを以てしても数秒黙る程の驚きだったのだ。
「……ふっ、これだけの魔力を、この部屋でしか知覚できないなんてどういう
「あぁ、リィたん。来てたの?」
目を瞑り、リィたんの入室すら気付かなかったミケラルドがゆっくりと目を開ける。と同時に、その魔力の渦が逆に回転し始め、ゆっくり、そして徐々に早くミケラルドの体内へと戻っていく。
全ての魔力が消えた時、リィたんはまた沈黙へと追い込まれていた。
「ん? どうしたの?」
「…………本当に
リィたんが聞くと、ミケラルドは肩を
「魔族バレがここまで早いなら、ペナルティ覚悟で潜っちゃえば良かったよ。ま、聖女に隠れてランクSダンジョンは初日の深夜にクリアしちゃったけどね」
「それでコレか?」
「さぁ、どうだろうね」
ケタケタと無邪気に笑うミケラルドを見て、リィたんが苦笑する。
「なるほど、最強への準備は着々と進んでいるようだ」
「そんなに強くなったかな?」
「既に私の足元を超え、胸元を超える勢いだ。……何故そんなに胸ばかり見る?」
「え? あぁ、胸かぁーと思って」
「そうだ、胸だ」
そう言ってリィたんは振り返り、扉の取っ手に手を掛けた。
「間もなく出立だ。急な作戦変更にも、皆動じなかった。優秀な戦士を揃えたな、ミック」
「ん、ありがとう」
リィたんはそれだけ言ってミケラルドの部屋を出た。
扉の外、廊下で待つジェイルがそのリィたんの
「どうした?」
しばし沈黙を守っていたリィたんは俯きながらこう言った。
「喜べジェイル」
「何をだ?」
「ミックの実力は既に私の首を取れる段階に達した」
「っ!? まさか……!」
「無論、簡単にとられるつもりはないがな……だが」
「だが?」
「ミックめ、私に内緒で何か隠している。それが何かはわからぬが、もしそれが今のミック自身を底上げする能力だったとしたら、
「……
首を傾げるジェイルが見るリィたんは、確かに不満そうに頬を膨らませていたのだ。リィたんのこのような反応はとても珍しく、ジェイルも気になっているようだ。
「ミックが……ミックが……」
「ミックが?」
「私に隠し事を……!」
プルプルと震えるリィたんと、一気に興味が
戦力という面では心配こそないミナジリ共和国。
しかしジェイルは思った。
(大丈夫か、この戦争?)
そう、お得意の倒置法で。
◇◆◇ ◆◇◆
「はははは、ホント
ミナジリ共和国とリーガル国の国境。その更に奥に五キロメートル程の地点に、ミナジリ共和国の新たな要所が完成していた。
一見、砦とも思わせる堅牢な建物の上で、剣鬼オベイルが遠くを見渡す。
「鬼っ子、いつの間にボンとそれ程仲良くなった?」
隣の椅子に腰かける剣神イヅナがオベイルに聞く。
「あん? 何だよ急に?」
「ミックと呼んでいたようだが?」
「皆呼んでるじゃねぇか」
「鬼っ子が他者に合わせると?」
「何たって今日はチームプレーだからな、はははは!」
そしてそのイヅナの隣で茶を注ぐのが剣聖レミリアだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
レミリアが茶を渡し、イヅナが礼を言う。
三者三様の状況に未だ付いていけないのが、ボーっと立つ勇者エメリーだった。
「【三剣】がここにいる……凄い」
そう零すと、オベイルがぎろりとエメリーを見る。
「あぁ? 何だそりゃ?」
「ひっ」
強い視線に頭を隠すエメリー。
「これ、鬼っ子。威嚇するでない。後が怖いぞ。勇者が覚醒すれば鬼っ子なんぞ一ひねりだ」
「そんなつもりはねぇよ。それに、勇者が覚醒したとしても俺は負けるつもりもねぇ」
「ほっほっほ、相変わらずの豪気。がしかし、三十に満たぬ歳でそこまで剣を修めたのだ。可能性は十分にあるな」
「んでよぉ、その【三剣】ってのは何だ?」
オベイルがエメリーに聞くと、自分のお茶を
「私たちの総称です。剣聖、剣鬼、剣神――総じて【三剣】」
「へぇ、くっだんねぇな」
「私もそう思います。けれど、今頃リプトゥア国はその話題で持ち切りかもしれません」
「そりゃビビるだろうな」
「いえ、それだけではないと」
歯切れの悪いレミリアからはこれ以上何も返って来ないと踏んだオベイルは、代わりを探して近くにいるエメリーを再度見た。
「えーっと、皆さん人格者で有名ですから。ははは」
エメリーの言葉には深い意味があった。
三剣がミナジリ共和国に味方するという事。それは、勇者エメリーが望んでミナジリ共和国にいるという理由の裏付けともとれるからだ。
しかし、そう言ったエメリーの視線は、オベイルには向かなかった。
それを代弁するようにイヅナが言う。
「鬼っ子は違うがな」
「おい、
オベイルがイヅナを睨むも、その視線は一瞬。
視線は自分の足下へと向き、イヅナもそれを感じ取った。
ゆっくりと階段を上る足音。徐々に近付く静かな魔力。
それはまるで爽やかな風のようだった。しかし、その充実した魔力は鋭利に研ぎ澄まされているとも言えた。
「お、皆さんおはようございます。清々しいまでの戦争日和ですねっ♪」
届いた言葉は、太陽より明るい吸血鬼の肉声だった。
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