その318 ミナジリ大会議3

「……ふむ」


 長い間の後、剣神イヅナはふところから一枚の羊皮紙を取り出し、ジェイルに手渡した。


「これは?」

約款やっかんだ」


 つまるところの契約書。

 俺はジェイルの背後に回りその内容を流し見た。


「どうだ、ミック?」

「凄いですね。付け入る隙がないですよこれ。戦争が終わったら全部ゲロっちゃう事になりそうです」


 俺の言葉を受け、ジェイルがすんと鼻息を吐いた。


「やり口がお前らしくないな」


 ジェイルがイヅナに聞く。


「ドマーク殿とバルト殿に依頼し作成したものだ。不備などあろうはずもない」

「あー、だから立ち会い人に二人の名前があるのか」


『真実立ち会い人』とか意味不明な項目に、ちゃっかり二人が入ってるのはあの二人ならではだが、ジェイルはこれを呑めるのか?


「返答にはミナジリ全員が同席する」

「構わぬ」


 ジェイルとイヅナの睨み合いが終わったところで、俺は話を元に戻した。


「中央にリィたん、右翼にジェイルさん、左翼にイヅナさん……うん、中々カタチになってきたじゃん」

「いやミック。それでも四人だよ……?」


 俺を心配そうに見るナタリーは今日も可愛い。


「そうだボン」


 サッチが座ってた席に腰をおろしたイヅナが俺を見る。


「ここはミナジリ共和国だったな?」

「また外堀からですか?」

「そしてここにはその元首たるミケラルド・オード・ミナジリがいる」

「……そうですねぇ」

「そちらのお嬢さんの依頼で、元首の身辺警護の任を受けている二人がいたはず」


 イヅナはナタリーを見ながら微笑んで言った。


「身辺警護って……ぁ」


 ナタリーが思い出したようにこぼす。

 そして俺も思い出すのだ。ミナジリ邸にて俺の寝所を警護していた二人の事を。


「上に来ている」


 勇者エメリーと剣聖レミリア。彼女たち二人がここに来ているというのか。


「……はぁ」

「何とも深い溜め息だな」

「この前の仕返しか何かで?」

「当事者は尊重するものだろう?」

「ははは」


 剣神イヅナがこういった手を使ってくるのは意外だったが、そうなれば話は早い。のだが、一つ気になる点がある。

 ナタリーが呼びに行った二人が会議室に降りて来ると、まず始めに勇者エメリーが深く頭を下げた。


「この度は、私のために申し訳ありませんっ!」

「いえ、エメリーさんを招くと決めたのは私です。あなたが責を感じる事はない」

「ですが……」


 俺はエメリーの言葉を手で遮り、剣聖レミリアに顔を向けた。


「それよりも気になっているのが……何故レミリアさんが当事者だと?」


 言いながらイヅナに視線をずらす。


「私と勇者殿を引き合わせたのが彼女だ」


 そういえば、イヅナと訓練した時に、イヅナが勇者エメリーに手解てほどきしているとか言ってたな。

 なるほど、確かに当事者である。

 勇者の所在がミナジリ共和国。そう伝えた間接的な当事者、剣聖レミリア。

 そして冒険者ギルドに連絡した剣神イヅナ。更には勇者エメリー本人。

 昨今は当事者で溢れかえっているな。


「どうぞおかけください」


 エメリーとレミリアは互いに見、頷き合ってから席に向かい……腰掛けなかった。


「さてボン」


 イヅナが舵取りし始めたぞ?


「この場にいる三名は資格があると思うが?」

「……何のでしょう?」

「ふっ、しらばっくれるでない。無論、主らの正体について」


 出来れば明確に公表するのはもう少し後だとよかったんだが……、


「ミック」


 ナタリーが俺の名を呼ぶ。

 そして俺に頷き、ただ目で語ったのだ。


 ――――大丈夫。


 そんな言葉がナタリーから見て取れたのは、気のせいではないのだろう。

 俺は静かに息を吐き、指を鳴らす。


「「っ!!」」


 俺は吸血鬼、ジェイルがリザードマン、ドゥムガがダイルレックスへと変わる。そう、【チェンジ】を解いたのだ。ジェイルを見るイヅナの目が鋭くなるも、かつての殺意のようなものは感じられない。やはり、ジェイル自身が真実提供を約束したからだろう。


「…………やはり魔族でしたか」


 エメリーは勿論、


「それも吸血鬼」


 レミリアも気付いていたみたいだな。


「この姿では多少喋りにくいでしょう。こちらの姿で……失礼します」


 言いながら、また俺含む三人を人間の姿へと戻す。


「吸血鬼の特殊能力【チェンジ】か。他者の姿形すらも操れるとは知らなんだ」


 イヅナが顎を揉みながら言う。


「ミックは変なんです」


 ナタリーのフォロー。というかブローって感じだな。


「さて、イヅナさん」

「何かね?」

「この事実を知って尚、我らに味方すると? リプトゥア国は我らに勇者誘拐の罪を着せると共に、ミナジリ共和国が魔族の国であると公表するつもりです。それでも尚、味方すると?」

「……契約は既に結ばれている」

「……なるほど、だから最初に契約を結んだんですね。これもドマーク殿に?」

「伊達に長く生きてないという事だ」

「素敵な答えです」


 ニヤリと笑ったイヅナに微笑み返す俺。

 そして、次に俺はエメリーを見た。


「エメリー……いえ、勇者エメリー殿」

「は、はい!」

「お望みとあらば貴方をリプトゥア国にお送りする準備があります」

「っ!?」

「いかがしましょう?」


 俺がそう言うと、エメリーは困惑の色を顔に浮かべたのだった。

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