その308 共同経営者
◇◆◇ アリスの場合 ◆◇◆
「誰よこの人……!」
受付員に、提示された顧客用の紙。
私はそこに記載のある名前を見ながら立ち上がっていた。
「おそらくエメラ殿の共同経営者でしょう。場合によっては名前を伏せたい方もいらっしゃるので、このカミナ殿もそういった理由があるのではないでしょうか」
そうじゃない。
私が求めていた情報はそうじゃないの。
「……このカミナさんの情報、どこまでわかりますか?」
「申し訳ありません。この開示情報以上の公開は認められておりません」
「……そうですか」
私は、やるせない言葉を零しながらその用紙を見ていた。
経営者カミナ……承認ギルド法王国……見れば見る程何かが隠されているような感じがする。どこかに何か隠されているはず。
けれど、読めば読む程その情報は出て来なかった。
そもそも何故私はこんなにもあの人の事を調べているのだろうか。
それはきっと理由なんかないのだ。
知的好奇心。そんなものでもない。ただミケラルドさんの事を知りたい。それは彼が私のパーティメンバーだから。ううん、それも私の勝手なこじつけ。
そう、ただ知りたいだけ。
そうすればきっと、あの人に、ミケラルドさんに近付けると、私の身体が勝手にそう判断したのだろう。
そう思う事でしか、自分を納得させる事は出来なかった。
でも、ここでは情報が足りない。
だってこれは、意図的に伏せられた情報だから。
伏せられた情報?
本当に情報はこれしかないの?
いえ、そうじゃないはず。今目の前にいるこの受付員は、きっと私以上の情報を持っているはず。
「…………一つお尋ねします」
「はい? 何でしょう?」
そうだ、聞けばいいんだ。
「……ミケラルドという名前に聞き覚えはありませんか?」
そう言うと、受付員の男はさも当たり前かのように答えてくれた。
「ミケラルド様と言えば、アリス様とパーティを組んでいるオリハルコンズのメンバーでは?」
流石は商人ギルド。
私のパーティの事なんてお見通しか。
「えぇ、
「それ以外のミケラルドさん……という事で?」
「いえ、そのミケラルドさんの事です」
「パーティメンバーなのですから直接お聞きになっては?」
「それが出来ればここまで来てないんです……」
「はははは、お忙しい方でしょうからね。彼の事を知りたければ、
「……え? ミナジリ共和国?」
私が疑問を述べたところで、ようやく受付員は気付いたのだ。……私が、どうしようもない程に無知だという事に。
「もしや、ミケラルド様を冒険者としてしか知らないという事で?」
……やっぱり、隠されてなんかいなかった。
私は強く拳を握り、静かに頷いた。
「…………ここからの話は、商人ギルドとしての見解ではないという事を念頭にお聞き頂きたいのですがよろしいでしょうか」
「それは、町の噂話程度のお話……という事でしょうか」
これは、私が人との関わりを遮断していた弊害だったのだろう。
「そういう事です」
「……お願いします」
「彼の名はミケラルド・オード・ミナジリ。先日建国したミナジリ共和国の元首です」
――――
そうだった。彼はそう言える立場にいた。
彼が「アイビス様」と言えば、たちまちミナジリ共和国の格が落ちる。法王国の属国として捉える者もいるだろう。私は、それを彼に何度も言い直させた。
「北のリーガル国で――」
受付員の男がそう言い始めた時、私は全てを思い出した。そうだ、私は知っていた。
若くしながらリーガル国で
【本日は遠くシェルフの国で誕生した焼き菓子――エフロンをお楽しみください】
ミケラルド商店を始め、貴族となり、冒険者の力と商人の力を余す事なく使い、リーガル国とシェルフの架け橋となり、同盟にまで漕ぎ着けた才人がいると、私はアイビス様から教わっていたのだ。
【パーティで戦闘しますからね。エメリーさんくらいの実力に抑えてますよ?】
【エメリー? もしかして勇者エメリーさんですか!?】
【えぇ】
【ミケラルドさん、会った事あるんですか!?】
【以前少し】
知っていて当然だ。
前回の武闘大会でランクSに上がった人間は三人。
勇者エメリーと、無名の新人二人――リィたんとミケラルド。
その内、勇者エメリーを下したのはミケラルド。
そう、彼は勇者に勝った人物。ならばエメリーさんの実力を知っていて当然だった。
【魔族がガンドフに攻め入った件はご存知です?】
私の代わりに皇后アイビス様が向かった場所はガンドフ。そしてガンドフの地で迫りくる魔族を追い払ったのはリーガル国の貴族――ミナジリ子爵。
ミケラルド・オード・ミナジリ。まさか、あのミケラルドさんがこれ程までに大きな存在とは思わなかった。
私は、そんなミケラルドさんをこの一週間束縛したようなもの。一国の長たる人物を。
彼は私の事をどう思っているのだろうか。わがままな小娘とでも思っているのだろうか。
……いえ、それはない。
それだけは断言出来る。
彼はきっと、心の底から笑いながら私に言うだけだ。
「あれ? 知らなかったんですか?」と。
「……はぁ〜」
私の大きな溜め息に、受付員が目を丸くする。
「どうもありがとうございました」
「……いえ」
まずはミケラルドさんに会おう。話はそれからだ。
だけど、それにあたり問題がある。
とりあえず、どんな作り笑顔で彼に会おうか、それが問題なのだ。
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