その309 帰ってきたアリス
姿が見えなくなって二時間程経っただろうか。
アリスはぎこちない笑顔を浮かべて戻ってきた。
俺の前の長蛇の列を作っていたマダムたちは、空気を読んだのかサササと避け俺たちの動向を見守った。
本当にぎこちない。おかしい。笑顔の作り方はファーストレッスンで済ませたはずなんだが、どうも仮面を被れていない様子だ。
しかし、今回は珍しい事に、俺がちょっかいを出せる雰囲気でもない。これはどうした事かと、しばらく作り笑顔で対峙し合う他なかった。
「ミケラルドさん、奥を使いますか?」
助け船を出すように言ったのは、この店の代表であるエメラだった。
「そうですねぇ……お借りしましょうか」
俺がそう言うと、エメラは応接室への扉を開け、アリスは足早にその中へ向かった。そして、扉の少し奥で振り返り、マダムたちに一礼してからこう言ったのだ。
「
皇后アイビスの下にいるだけあって、見事なカーテシーだがその笑みはどう見てもダークサイドだった。
何故、彼女がここまで笑みを保ち続け、何故、その中に周囲を黙らせる程の怖さを伴っているのか。俺はアリスの背中を追いながら考えていた。
その理由、可能性に順位を付けるなら……第一位、俺の素性がバレた。第二位、アイビスから強制連行を言い渡された。第三位、昨晩疲れたアリスをホーリーキャッスルに運んだ時、顔に落書きをしていた事を思い出したか。いや、それとも打ち上げに社会見学と称し綺麗なお姉さんがいるところに連れて行ったのが原因か?
雰囲気からして二位は……なさそうだ。
タイミングからして……ふむ、やっぱり身バレという線が濃厚か。
応接室にて、ソファの前で立っているアリスを見てそれが確信に変わった。
普段なら、怒って先に座っているはず。つまり、アリスは俺の身分を立てたのだろう。
「……我々の間柄です。座って頂いて結構ですよ」
すると、アリスの視線は俺の背後から入って来たエメラに向いた。
流石の早業で、既に紅茶セットがトレイの上に載せられている。
「お二人とも、どうぞおかけください」
エメラは曲りなりともこの店の
そう言われれば、従業員である俺も、アリスも従わざるを得ないだろう。
俺とアリスが同時に座ると、エメラは紅茶と茶菓子を置き、一度微笑んでから店に戻って行った。
俺とアリスは一度だけ紅茶を口に運び、そのタイミングを待った。
ここはやはり俺から切り出すべきだろう。
「……気づいちゃいましたか」
「はい」
「何を、と、まだ言ってませんけど?」
「そういうの、今はいいです」
「それは失敬」
なるほど、こういう反応でくるとは意外だ。
いや、きっとこの一週間がアリスを変えたのだろう。
「それで、私に何かを言いに来たのですか? それとも質問でも?」
俺が聞くと、アリスから返ってきた答えは意外なものだった。
「……まずは謝罪を」
「どのような謝罪を?」
アリスの性格上、これまでの態度に対し謝るという事はない。ならば一体何を?
「パーティメンバーである、仲間であるミケラルドさんの事を調べた事です」
そういう事か。
「では、その謝罪は受け取りましょう」
「まるで、別の謝罪だった場合断りそうな返答ですね」
「そう言ったつもりです」
アリスは口をへの字にし、少しだけ不満を露わにした。
しかし、いつものように声を荒げる事はなかった。
その理由は簡単だ。ここがエメラ商会だから。冒険者ギルドの打ち上げ中だったら、きっとまくしたてるように言われているだろう。
「…………こんなところにいて大丈夫なんですか?」
質問に移ったアリスだったが、その質問は物凄く曖昧なものだった。
だが、それだけで俺はわかった。「こんなところ」とは法王国でアリスの手伝いをしているという意味だ。つまり、彼女は元首である俺の仕事について心配しているのだ。
「優秀な部下が多いので特に不自由は感じていませんよ」
俺がそう言うと、アリスはホッとした様子で胸を撫でおろした。
「この後はどうするつもりですか?」
「それは、今後……という意味でしょうか?」
アリスが静かに頷く。
「別に、これまでと変わらずアリスさんとランクSダンジョンの攻略を目指しますよ。もしかして嫌です?」
「そ、そんな事は……!」
ふむ、まだ聞きたりないような
「ただ、それまでです」
「っ!」
こう言うのは、彼女にとって酷な事なのだろうか。
ある程度の信頼関係を築いた自負はある。パーティだって組み、互いに笑い合ったりもした。俺としてもアリスと離れるのは悲しい決断とも言える。
しかし、俺と彼女ではどうしても覚悟の差が出てしまうだろう。
予めそれを知っていた俺と、知らなかったアリス。
そして、明確に言葉にしたのは俺。ならば、受け入れる覚悟をしていなかったアリスには、やはり酷な事なのだろう。
そして何より不安に思うのだろう。
「ですが、お約束しましょう」
「……え?」
「
俺がそう言った瞬間、
「ぁ……」
彼女の目が潤み、顔を歪ませた。
そして、目元から一滴の涙が零れる前にアリスは俯き、俺にそれを見せずに拭ったのだ。
何度も、何度も涙を拭うも、意地というべきもので俺にそれを見せない。
そして、涙を堪え切った彼女は、立ち上がって言った。
「当然です! パーティ名はオリハルコンズなんですからねっ!」
俺は微笑み、紅茶を一飲みしてからこう言った。
「それについては、一考の余地があり過ぎると思います♪」
ある意味、ここは俺の意地なのかもしれない。
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